コンテンツ飽和時代に現れた光。視聴者の心をも溶かす魅力とは
カメラは2人の暮らしを淡々と追っていく。朝起きたら記憶を失っているミヤビは一瞬怯えた様子を見せるが、三瓶から渡された日記を読み、夜には笑顔で一緒に夕食をとった。
そんなミヤビを見て思い出したのは、前話のゲスト患者・柏木(加藤雅也)のことだ。柏木は脳に悪性の腫瘍を抱えており、最後は記憶障害を発症して妻である芳美(赤間麻里子)のこともわからなくなるが、彼女が食事を口に運んだら素直に従った。
人の記憶とは不思議なものだ。顔や名前は忘れても、強い感情は心が覚えている。三瓶を演じる若葉竜也は各社の取材で、ドラマのタイトルや自分の名前は忘れてもいいから、“思い出し笑い”のようにふと思い出してもらえるような作品を届けたいと語っていた。このドラマはそれに挑んだ作品だった。
コンテンツの飽和時代に突入し、流し見や倍速視聴も当たり前となりつつある。そんな時代において、キャストを含めた本作の制作陣は視聴者を信じ、思わず手や目を留めて没入してしまう瞬間を作り出した。映画体験と近しい感触のものであった。
三瓶がミヤビの部屋で寝泊まりする日々もそう。一見、何の変哲もないカップルの暮らしなのに目が離せないのは2人の一挙手一投足に情報が詰まっているから。日記を書きながら眠ってしまったミヤビを優しい手つきでベットに移す三瓶。朝日が差し込んだ三瓶の頬を、ふわふわの髪の毛を、刻み付けるようにだけど起こさないようにそっと撫でるミヤビ。
その手の温度も、感触も、息遣いも伝わってくるような2人の芝居と、五感に訴えかける映像に夢中になったこの時間が愛おし過ぎるから、失うのが怖くて涙が出てくる。ミヤビと三瓶、そして彼らを見ている私たちの心が溶け合って1つになった。