「沢田さんは歌手としても俳優としてもコメディアンとしても傑出した方」
―――撮影現場の雰囲気はいかがでしたか。
「思いのほかスムーズに進みました。沢田さんは誰に対しても気さくで穏やかで。スタッフにもエキストラやボランティアの方にも『お疲れ様です』と声を掛けてくださるので、みんな大ファンになっていましたね」
―――のんびりした和歌山県田辺市の風景に、あのジュリーが溶け込んでいて新鮮でした。
「演出スタッフも、『現場に緊迫感を与えず、スッと馴染むところに凄さを感じた』と話していました。沢田さん演じる電器屋店主・誠一郎って、入院中なので座ってるシーンが大半で、働く描写は少ないんです。なのに、お客さんとの電話や短い作業シーンから、ふだんのイキイキした働きぶりが容易に脳裏に浮かぶ。無いシーンを想像させる、素晴らしいリアリティです。
沢田さんは、歌手としても俳優としてもコメディアンとしても活躍されてますよね。幅広い現場で、与えられた役に完全に染まる。演出側の意図を瞬時にくみ取る。そういう長年の真摯なご姿勢があるからこそ、エキセントリックな爆破犯(映画『太陽を盗んだ男』)から愛想のいい電器屋オヤジまで、幅広いテイストのキャラクターを難なく演じわけられるんだろうなと思います」
―――誠一郎と終始ふくれっ面で対峙する娘、怜役の上野樹里さんも最高でした。彼女の印象を教えてください。
「樹里さんは、とても真面目で一生懸命で、真摯に演技に向き合う方でしたよ。『憑依型』で、なりきりっぷりが素晴らしかったです。本作の直後に撮った『のだめカンタービレ』(フジテレビ系、2006)のユニークキャラで大ブレイクされたんですが、『ラスト・フレンズ』(フジテレビ系、2008)では、性同一性障害に悩むボーイッシュなキャラ。どんな役にもリアリティを持たせられる、素晴らしい役者さんですね。
『幸福(しあわせ)のスイッチ』では、怜と対照的な、マジメな姉役・本上まなみさん、元気な妹役・中村静香さんも良かったです。中村静香さんは、本作が演技デビュー。今やドラマやバラエティに引っ張りだこですね」
―――安田監督が好きなシーンを教えてください。
「誠一郎と怜が夜の車中で会話するシーンですね。私は普段、脚本で大仰なセリフはできるだけ使いません。このシーンも、納品とスケジュールに関するセリフのみで、親子の想いがジワリと近づく雰囲気を表現できれば…と思っていました。それを沢田さんと樹里さんは、『あぁ、この親子なら、こんな会話になるだろうな』と深く納得するような、見事なトーンで演じてくださいました。大好きなシーンです」
―――確かに、このシーンの2人は、本当の親子のようでした。
「そうですよね。余談ですが、撮影当時、樹里さんは19歳で、歌手・ジュリーとしての沢田さんの凄さをあまりご存知なかったんです。で、ロケに入ってから曲を聞いて、『カッコいい!』とすっかりファンに。父親の意外な凄さに気づいて距離を縮めていく…という役どころとうまくリンクしたそうです」
―――この映画を観ると、電器屋さんという職業のカッコよさにも興味が湧きますね。
「それは嬉しいですね。誠一郎が、電球一個の交換や、マッサージチェアの移動だけのために駆けつける…といった、『そこまで丁寧に対応するの?』と驚くようなシーンが多くありますが、実際に電器屋さんを取材して仕入れたエピソードばかりです。
公開後、『自分の商売に通じるものがあった』という声も多数いただきました。決して華やかではないけれど、世のため人のためにがんばっている。私は、そんな方々が大好きなんですよね。なので、これからも映画を通して、がんばっておられる方々や、日常のささやかな出来事にスポットライトを当てていけたらと思っています」