坂東龍汰と西野七瀬がつくりだす空気感

Ⓒ「君の忘れ方」製作委員会2024
Ⓒ「君の忘れ方」製作委員会2024

 悲嘆に暮れる主人公・昴を演じたのは、本映画が初単独主演作となった坂東龍汰。ドラマ『ライオンの隠れ家』(2024・TBS系)では、自閉スペクトラム症(ASD)の青年をていねいに演じた姿も記憶に新しいなか、本作では最愛の人を亡くす難しい役柄をこなしている。

 昴は物語を通して、ずっと茫然自失とした表情をしている。瞳に光は宿らず、どこにも焦点は合わないまま。感情を上手く表に出せない彼の葛藤を、坂東は言葉の言い淀みや不自然な瞬きを交えながら、ありのままに演じている。

 特に終盤、昴が美紀へ語りかけるシーンでの、一連の表情に注目してほしい。止まっていた時間が確かに動き出す音がした、あの演技は圧巻だった。

 また、坂東龍汰と同じく難しい役どころだったのが昴の恋人・美紀を演じた西野七瀬。冒頭の交通事故によって亡くなってしまうが、彼女は物語を通して、ときおり昴のそばに姿を現わす。

 美紀が言葉を発することはない。感情の起伏も乏しいなか、昴にだけ見える存在として、ほんのささいな表情の変化で美紀の素顔を伝えなければならない。それでも、ふとした瞬間にいなくなってしまう、消え入りそうな儚さが西野七瀬には備わっていて、彼女が演じた美紀にもしっかりと受け継がれていた。

 ストーリーのなかで彼らふたりの関係性や温度感を過度に美化せず、喪失からの回復をながらかに描いていたところも興味深い。母・洋子や池内(岡田義徳)がチグハグな感情を沸騰させていた分、ふたりの間に流れる冷んやりとした空気感は印象的に映った。

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