「愛情は危険だ」映画『BLUE FIGHT ~蒼き若者たちのブレイキングダウン~』三池崇史監督が語る、バイオレンス映画の哲学。単独インタビュー
映画『BLUE FIGHT ~蒼き若者たちのブレイキングダウン~』が1月31日(金)より全国公開される。本作は、格闘家の朝倉未来と、起業家の溝口勇児のもと、不良映画を開拓してきた鬼才・三池崇史監督がメガホンをとった異色の青春映画。今回は、三池監督にインタビューを敢行。製作の裏話に加え、映画、そして役者への愛を語った。(取材・文:山田剛志)
「邪道だからできる作品もある」
三池流の演出術とは?
―――今回の映画では、木下暖日さんという演技未経験の新人が主役に抜擢されました。どのような経緯があったのでしょうか?
「新人を主演に据えて映画を撮るということを業界全体がほとんど諦めちゃっている中、今回、エグゼクティブプロデューサーを務めた、BreakingDownの運営統括もしている起業家の溝口勇児さんらのアイデアと決断によって、こうしたチャレンジが可能になりました。映画業界の門外漢である彼らの大胆な挑戦によって、やれなかったんじゃなくて、やる度胸がなかったんだということを教えられましたね」
―――イクト役をキャスティングするにあたりオーディションを行ったとのことですが、木下さんのどこに光るものを感じたのでしょうか?
「木下暖日は、いかにも業界慣れしていない、安っぽいプロフィール写真で応募してきたんですけど、その写真を見た時点で、”こいつがいればなんとかなるんじゃないか”と思ったんです。
会ってみると、人前で演技をしたことはおろか、台本を読んだことも、レッスンも未経験だと。我々の前で演技したのが初めてだったんですけど、ピュアで小手先のお芝居をしないところが悪くなかったんですよね。お芝居が上手いかどうかではなく、その人間自体に光るものがあった。こういう存在がいてくれて良かったと感謝しましたね」
―――ストーリー面で特筆すべきは、因果関係や血縁関係が散りばめられていて、豊富な情報量が約2時間の尺の中にギュッと詰め込まれているという点です。例えば、イクトが最初にスパーリングをするジムの選手が、加藤小夏さん演じる玉木の兄であるとか。スピンオフがいくらでも制作できそうです。主人公が敵対する側にもスポットライトが当たっているので、単純な勧善懲悪ではない物語になっていますね。
「昔は悪役がいて、必ず悪い人を演じる役者がいたんですよ。でも次第に観る側が飽きちゃったんですよね。
脚本の樹林伸さんが創った人間ドラマは、悪人と戦うことに焦点が当てられるのではなく、全く関わりのない者同士が、何かをきっかけに戦わざるを得ない状況に身を置くことになる。世の中、善と悪はぐちゃぐちゃに混ざり合っていて『みんな悪い奴だけど、良いところもあるじゃん』っていう世界観ですよね」
―――二項対立的ではない軋轢や葛藤を撮る、と。
「すごくリアルで日常ですよね。それは作家としての樹林さんの根幹にあると思うんですよ。本来は不良たちが暴れる物語は得意ではないと思うんだけど、今回はすごく面白がって仕事してくれたのではないかな」
―――物語を構想する上での出発点はどこにあったと思いますか? また、現場では脚本を基にどのようにして三池監督独自の世界観を作り上げていきましたか?
「朝倉未来が少年院で、若い受刑者たちに『夢があるか』と訊いた時、最初は誰も手を挙げなかったけど、最終的にはみんなが手を挙げた。そこを出発にすれば書けるというのが、樹林さんの中であったんだと思います。
あとは、B級的な不良映画のテイストは現場で役者と一緒に作っていく。樹林さんが描こうとした最終的なテーマを大事にしつつ、現場で役者が演じやすいようにアレンジしていきました」