「恋愛感情と靴下の片方はいつかなくなります」
塚原あゆ子監督の演出も合わさって、男女の会話はよりリアルに、それぞれの距離感はよりていねいに整えられていた。
物語は、駅のホームから落ちた赤ちゃんを救うため、松村北斗演じる硯駈が列車と衝突するシーンから始まる。突然の事故によって夫を亡くした硯カンナ(松たか子)は、モノが散らかった部屋で、宅配業者からいつ誰が頼んだのかもわからない冷凍餃子を受け取る。
予約して3年待ちの人気餃子の出来上がりを楽しみにしていたが、部屋のリモコンを探すうちに亡き夫の部屋へ足を踏み入れ、遺影を眺めている間に焼いていた餃子は焦げてしまった。
「餃子を焼く前に戻りたい」と愚痴をこぼすカンナ。しかし、本当に後悔していたのは、遺影に映る駈との夫婦生活だったのかもしれない。
実は、事故にあった駈との夫婦関係はすでに冷えきっており、長年、倦怠期にあった。お互い会話も交わすことなく、それぞれが別々の朝ごはんを用意する。
「恋愛感情と靴下の片方はいつかなくなります」と、坂元裕二脚本らしい言い回しで夫婦の愛が薄れていく過程を表現したように、カンナと駈の間で育まれていたはずの愛情は探すあてもないほど、すでに跡形もなく行方不明になっていた。
かつて駈がカンナに想いを伝えたシーンで「君は柿ピーの柿が好きで、僕はほら、ピーナッツが好き」と告白している。しかし、自分の衣服だけ洗濯して部屋を出ていく駈が座っていた机には、ピーナッツがひとつ残らず食べ尽くされ、”柿の種”オンリーになったお皿が置かれていた。
それぞれが食べたいものだけ食べて、お互いに干渉もしない。それは、彼らが行き着いた夫婦のカタチだった。
その後も、互いの関係は修復されることなく、ついには離婚を決意するふたり。駈が事故に遭ったのは、離婚届を提出する、まさにその日だった。