実話を基にした映画『ゆきてかへらぬ』評価&考察レビュー。煙草を吹かす広瀬すずにしびれる…中原中也・木戸大聖の演技に注目
実在した女優の長谷川泰子と、詩人の中原中也、文芸評論家の小林秀雄という男女3人の壮絶な愛と青春を描いた映画『ゆきてかへらぬ』が公開中だ。主役の泰子を広瀬すずが演じ、木戸大聖、岡田将生が共演した話題作の見どころを解説する。(文・ばやし)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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【著者プロフィール:ばやし】
ライター。1996年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部を卒業後、食品メーカーに就職したことをきっかけに東京に上京。現在はライターとして、インタビュー記事やイベントレポートを執筆するなか、小説や音楽、映画などのエンタメコンテンツについて、主にカルチャーメディアを中心にコラム記事を寄稿。また、自身のnoteでは、好きなエンタメの感想やセルフライブレポートを公開している。
尋常ではない芝居の熱量
大粒の雨が瓦屋根に打ちつける音。物思いに耽りながら吹かす煙草のゆらゆらとした煙。そして、昔とも現代とも異なる、一風変わったハイカラな衣装に身を包んだ人々。息を呑むほど美しい風景や自然が鳴らす音に時折、感覚を持っていかれながらも、あくまで観る者の視線を捉えて離さないのは、若き3人の男女が繰り広げる恋愛劇である。
文明が移ろう大正後期から昭和初期にかけて、駆け出しの女優・長谷川泰子、天才詩人の中原中也、文芸評論家の小林秀雄が作りだす歪な三角関係を物語にしたためたのは、脚本家の田中陽造。そして、幻の脚本を現代に送り出したのは、16年ぶりの新作映画で田中と再びタッグを組んだ根岸吉太郎監督だ。
なぜ、今になってこの物語が世に放たれるのか。その問いに対して、誰もが納得する答えを出してくれたのが、広瀬すず(演・長谷川泰子)、木戸大聖(演・中原中也)、岡田将生(演・小林秀雄)という3人のメインキャストである。
芝居に円熟味さえ感じさせる今の彼らが、若き日の文化人たちの青春を演じることにこそ意味がある。観る者にそう確信させるほど、3人が織りなす芝居の熱量は尋常ではない。月並みな幸せに安住することなく、本能に身を任せ、時に感情をぶつけ合い、生を燃やすように生きる3人の男女を、大胆かつ繊細に演じきっていた。