歪な3人の関係を象徴するシーンとは?
やがて中也と泰子はともに暮らすようになり、物語の舞台は東京へと移る。京都より近代的な景色が広がる東京で、ふたりの直線的な関係に角度をつけたのが、後に日本を代表する文芸評論家として名を轟かせる小林秀雄(岡田将生)だった。中也の友人として、熱く文学を語り合う姿にもどこか気品が漂う小林のイメージに、岡田将生という俳優はぴたりと収まる。
お互いをリスペクトしながらも、自身の才能を信じてやまない男たちに、泰子は置いてけぼりにされた気分に陥る。史実でも泰子は女優として大成することはなかった。日に日に溢れんばかりの才能を顕在化させていく中也の側にいて、泰子はどんな気持ちだったのだろう。
表現者としては中也の影に甘んじる泰子だが、人間としてのバイタリティは、中也に引けず劣らない。そんな泰子の魅力に、小林も気づき始める。彼らの三角関係はどこまでも歪だ。触れているのはふたりだけなのに、その体温はもうひとりにも伝わる。誰が誰を支えているのかは不透明。それでも、一辺が外れてしまうと音をたてて崩れ去っていく危うさがそこにはある。
歪な三角関係をよく表現しているのは、3人でボートに乗る中盤のシーンだろう。中也は進行方向を見つめながら、後方に座るふたりに言葉を投げかける。小林は泰子と向かい合うように座っているものの、中也の息吹を背中でしっかりと感じている。そして、泰子は小林に面と向かい合うことで、彼の挙動を意識する。しかし、彼女は奥にいる中也の存在も常に見える位置にいる。才能に溢れるふたりの男に想いを寄せられる泰子。一艘のボートに揺られる3人の複雑な胸中がヒリヒリと伝わってくるシーンだった。
やがて彼らは真剣で斬りつけ合うように、互いの愛を煩雑にぶつけ合う。言葉で太刀打ちできないとわかれば、激情に駆られて乱暴な行動に打って出る。もはや相手にぶつけているのか、自身に問うているのかさえ定かではない。彼らの言動は諸刃の剣となって、他者と自己を苦しめる。