観客をストーリーに引き込む工夫

©2025 映画「少年と犬」製作委員会
©2025 映画「少年と犬」製作委員会

 冒頭でバスに乗っている美羽(西野七瀬)が、隣の席に座る少女に昔話を読み聞かせするように、犬の多聞(たもん)にまつわるストーリーを語り始める。

 元々の原作が連作短編であることから、それぞれのエピソードをどのように繋ぐのか気になっていたが、まさか美羽の回想を通して多聞の冒険を描くとは思いもよらなかった。

 彼女が観客と同じ視点で、多聞がこれから辿ることになる旅の模様を“語る”ことで、それぞれの土地で起こる人間と犬のささやかな交流が記憶となって共有されていく。この物語に初めて触れる人々にとっても、作品の世界観に入り込みやすい構成になっているのは間違いない。

 そんな彼女の回想に登場するのは、2011年に起きた東北の大震災から半年しか経過していない仙台の街。震災で職を失った青年・和正(高橋文哉)は、先輩の沼口(伊藤健太郎)から窃盗団の手伝いをさせられていた。

 認知症になってしまった母親を介護しながら働く姉・麻由美(伊原六花)のこともあり、犯罪に加担する事実に目を瞑って過ごしていた和正の前に現れたのが、首輪に「多聞」とつけられた一匹の犬。

 多聞はまるでずっと側にいたかのように、和正の懐へと入り込む。それは、多聞がこれから出会うさまざまな人々を前にしたときも同じだった。

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