「クッキー」をめぐる死者と生者の交錯

©2025『片思い世界』製作委員会
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 三人で一緒に過ごしてきたというのは、三人で同じものを食べ続けてきたということとほぼ同義である。逆に言えば、三人は自分たち以外の人間と食事をともにすることができない。たとえば美咲が職場の飲み会に参加するシーンはその点で象徴的である。同じテーブルを囲んでいながら、彼女は同僚たちの会話の輪に入ることができない。トイレから戻ってくると(自分ではドアを開けられないため、誰かが入ってくるのを鏡の前で待っている)、他の人たちはすでに帰っており、彼女はその場に一人取り残される。

また、バスで寝癖の男性(実は典真なのだが)を見つめていたことをさくらにからかわれ、優花に「食事に誘ってみるとか」と言われた美咲は、言下に「無理」と答える。これにはさくらもさすがに「そういう冗談、面白くないよ」と助け舟を出す。異性を食事に誘うことのハードルの高さが問題なのではない。幽霊である美咲が典真と食事をすることは、物理的に不可能(「絶対に出来ないこと」)だからである。

 食を通した関係性の構築と揺らぎは、優花と母親(西田尚美)にも見られる。映画を見たすべての観客の脳裏に深く刻み込まれているであろう「クッキー」のシーンはその最たるものである。あるとき偶然母親を見つけた優花は、彼女の様子を見守るようになる。しかし、やがて母親が再婚しており、再婚相手とのあいだに娘をもうけていたことを知るに及んで動揺する。母と娘の海音(清水珠愛)が楽しそうにクッキー作りに興じるさまを見せつけられて居た堪れなくなった優花は、逃げ出すようにしてその場を離れる。

 「わたしは三日月のが好き」と言った優花の言葉は、ハートの形が好きな異父妹と星の形が好きな母には届かない。優花は、大好きな母親と同じ世界を共有できないことに絶望し、ホラー映画で見た幽霊のことを思い出して自嘲するしかない。しかし、その後のシーンで母親が殺人犯の増崎(伊島空)を訪ねた際に、ポケットに三日月形のクッキーを忍ばせていたことを知るに及んで、滂沱の涙を流すことになるのである。母は自分の食の好みを忘れていなかった。それはとりも直さず自分の存在を忘れていなかったということである。

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