リリイ・シュシュのすべて 演出の魅力
監督の岩井俊二は、テレビドラマ『if もしも~打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(1993)で日本映画監督協会の新人賞を受賞。詩情豊かな映像は「岩井美学」の呼称で親しまれ、国内における90年代以降を代表する映画作家として、独創的な作品を作り続けている。
そんな同監督が自身のベストワークに挙げるのが本作である。臨場感のある手持ち撮影を駆使して、いじめ被害者である14歳の少年の過酷な日常をリアルなタッチで描写。少年が唯一心を開ける相手はネットの住人のみ。チャットでの会話は字幕によって描写され、少年の内面世界を表現すると同時に、ディストピア(暗黒世界)そのものである日常とのギャップを際立たせ、観る者に残酷な印象を与える。
ストーリーの舞台であり、実際のロケ地でもある栃木県足利市の田園地帯は、登場人物の逃げ場を塞ぐようにして存在し、重たく、閉鎖的な世界観を決定づけている。一方、字幕を多用した演出方法は映像の力を削ぐようにして働き、公開当時から「文学的すぎる」といった批判の声を向けられてきた。
また、援助交際に手を染める詩織(蒼井優)が鉄塔から飛び降りて自殺するシーンに顕著なように、決定的な瞬間を見せることなく、抽象的な映像を巧みに繋ぎ合わせることで、物語は展開していく。そのため、鑑賞者によってはミュージックビデオを観させられている気分になり、物語の切実さが伝わらないかもしれない。