遅咲きの名バイプレーヤー

映画『花まんま』
©2025「花まんま」製作委員会

 酒向は岐阜県生まれの66歳。多摩芸術学園で演劇を学んだのち、オンシアター自由劇場に入団して以降、舞台俳優としてキャリアを積んできた。いくつかのインタビューによると役者の仕事一本で生活できるようになったのは50歳になってからだといい、いわゆる遅咲きの俳優だ。

 酒向といえば、「怪演」というワードで話題に上がることが多い。ブレイクのきっかけとなったのも、59歳の時にオーディションを経て出演に至った『検察側の罪人』(2018/原田眞人監督)で見せた怪演だった。

 老夫婦殺人事件の被疑者として、東京地検刑事部のエリート検事・最上(木村拓哉)と駆け出しの検事・沖野(二宮和也)から取り調べを受ける松倉を演じた酒向。筆者も当時劇場で鑑賞したが、木村、二宮という二大スターと並んでも引けを取らない存在感とクセのある演技に圧倒されたのを覚えている。

 そこから名バイプレイヤーとして映画やドラマに引っ張りだことなるが、改めてその名を世間に知らしめたのは『最愛』(2021/TBS系)だろう。同作で演じたのは、15年前に失踪した息子を探し続ける父親。親としての純粋な愛情を感じさせつつ、息子の悪事を悪事と認めない浅ましさもバランスよく表現していた。

『燕は戻ってこない』(2024/NHK総合)で見せた演技も強烈だ。主人公のリキ(石橋静河)に執拗に絡む隣人の初老男性を演じた酒向の、舐め回すような視線やねっとりした語り口に思わず鳥肌が立った。

 同時期に放送された『アンメット ある脳外科医の日記』(2024/カンテレ・フジテレビ系)では、絶大な権力を誇る医療グループの会長役でインパクトを残すその佇まいはとてつもない生命力を感じさせるもので、ヘビやワニの肉を頬張る姿なんかはまさに怪物。それでいて、『海に眠るダイヤモンド』(2024/TBS系)の“サワダージ”こと澤田のような上品で爽やかな紳士も演じられるのだから、オファーが殺到するのも頷ける。

 哀愁漂う初老の男性を演じさせても、酒向の右に出る者はいないのではないだろうか。記憶に新しいのは、『クジャクのダンス、誰が見た?』(2025/TBS系)での好演だ。酒向が演じたのは、一家殺人事件の犯人として冤罪をかけられ、死刑判決を受けた力郎。

 完全なる善人ではないものの、酒向から伝わる息子・友哉(成田凌)への不器用な愛情が伝わってきた。特に視聴者から反響を呼んだのが、釈放された力郎と友哉が再会を果たすシーン。感極まりながらも涙をこらえ、まぶたを赤くしたその表情にもらい泣きさせられた人も多いはず。

『監察医 朝顔2025新春スペシャル』(2025/フジテレビ系)にはゲストとして出演。35年前に娘を誘拐し、殺害した犯人たちに復讐する府木を演じた。見どころは何といっても、娘との遺骨と対面するシーンだ。震える手で骨壺から娘の骨を取り出した府木は、慟哭しながら「おかえり。一緒に帰ろう」と語りかける。涙はもちろん、鼻水も垂れ流しの迫真極まる演技に心動かされないものはいないだろう。

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