「松坂慶子さんはこの映画にとって不可欠だった」
―――寺尾さん、松坂桃李さんをはじめ、本作はどこをとってもキャスティングが本当に素晴らしいなと感じます。皆さんよいというのは大前提で、あえて、この人は大正解だった!という方を挙げるとしたらどなたですか?
「そうですね…映画の肝であることを考えると、やっぱり松坂慶子さんはこの映画にとって不可欠だったなと思います。物語に組み込まれているアルツハイマーという要素を重視しすぎると、どんどん悲劇的な話になってしまう。もちろん客観的に見れば悲劇ではあるんですけど、一緒に生きていく人たちにとっては悲劇の前にまず日常があって、その中には喜びもあったりするはずなんですよね。僕はどちらかというとそちらの日常と喜びのほうを描きたかったんですね。なので、寺尾さん演じる哲太が診断されたときに、慶子さん演じる妻の律子が最初に何を言うかが、映画のトーンを決める重要な場面でした。あの2人の夫婦が、どんな言葉をどのように発するのか。慶子さんがそこを担ってくださった。慶子さんであればこそ、悲劇を笑い飛ばすことに説得力が出ました」
―――それを嘘がないように見せられるというのがすごさですね。
「ご本人も現場を明るくしてくださるような方なので、上手くハマってくださったんだと思います。こういう人だったらきっと笑い飛ばすだろうという人物像を意識して、衣装や部屋のインテリアなどを考えるところから逆算でチューニングしていらっしゃったように感じました」
―――では、お芝居に関しては、あまり細かなやりとりはされなかったのですね。
「もしも“どよん”としたお芝居をされたら何かを言ったかもしれないですが、もう何も心配することなく…。家族のシーンは、さすが百戦錬磨のお三方だな、と。脚本を読む密度が違うんですよね。この映画が何を描こうとしているか、このシーンでは何をすべきかを全部わかっている。僕はこれまで若い俳優と映画をつくることも多かったので、これほどの差があるのものなのかと、驚いてしまいました(笑)」
―――先ほど衣装についてもお話が出ましたが、ご本人たちからのご意見も多かったのでしょうか?
「ありましたね。特に寺尾さんと慶子さんからは、こうなんじゃないかというご提案を数多くいただきました。でもそれらも全て、僕の意図とは乖離していなかったですし、寺尾さんに関しては、スタイリストが用意したものに、ご自前の服も一部混ざっています。特にメガネとサングラスはほぼすべてご自分で用意されていました。律子さんがヘアバンドをしているのは、慶子さんのアイデアです。桃李さんはフラットな方なので、ピアスなどアクセサリーに関して少しご意見があったくらいで、全体的にはこちらの提案に乗ってくださった形です」
―――ピアスはしないほうがいいんじゃないか、というご提案ですか?
「そういうことですね。桃李さん演じる雄太には1つ秘密があって、それをどう表現するかというところがスタイリングのポイントとしてありました。なので、その人物を表現する上でアクセサリーには慎重になる必要があったのです」