そして地震がすべてを変えた

『能登デモクラシー』
©石川テレビ放送

 震災から4ヶ月後の5月にはそこまで撮影されてきた穴水町の民主主義の現在地が「能登デモクラシー」というドキュメンタリーとして石川テレビで放送されている。

 放送によって吉村町長の政策の中に利益誘導型のものがあること。何の疑問も呈することなくそれを通した町議会は民主主義が機能していない”ムラ社会”であることが白日の下に晒される。放送の前と後で町民は、町議会は、町長は、そして、たったひとりでそれを訴えてきた滝井さんはどう変化したのか。その彼らが震災で傷ついた町をどう復興させていくのかが描かれていく。加えてドキュメンタリーでありながら「ネタバレ禁止」と言わざるを得ない驚愕のラスト。

 本作の一部がテレビで放送されたことを知らなかったわたしは、能登半島地震の前後でこんな密着取材が行われていたことに驚嘆した。近年”オールドメディア”と揶揄される「テレビ」の真の役割について深く考えさせられる作品でもあった。

 そこには「メディアもまた権力になる」という怖さもあった。番組が放送された後にカメラという後ろ盾を得た滝井さんの姿にも幾度となくそのことを感じた。その危うさは滝井さん自身が自覚していたものでもあったのだろう。一度は町議会議員に立候補する話もあったが辞退されたと五百旗頭監督がインタビューで明かしていた。

 吉村町長の政策は確かに利益誘導と糾弾されても仕方ないものだ。しかし、衰退していく奥能登で他に誰が儲かるかどうかもわからない施設を建てようと思うだろうか。仮に同じようなものを建てる為にプロボーザルを実施したところで応募なんてあるだろうか。ならば自分がやるしかない。想像でしかないがそう思ったのかもしれない。アプローチこそ違うが、吉村町長にも滝井さんと同じように故郷の未来の為に自分を捧げる思いがあるように感じたのも、また事実だ。

 震災後、SNSには能登の山間地や過疎地に住む人たちは集団で移転すべきという切り捨ての声もあった。だが、町長は「効率を過疎地に求めること自体ナンセンスでバカげたことだ。命の価値に優劣をつけるような話だ」と世論を一蹴し「穴水におられるようにする」と住民に約束した。もちろんパフォーマンスかもしれないが、そこには震災によって自分たちが見捨てられそうになったことで、自分が見捨てようとしていたものにようやく気づいたような変化も感じた。それが能登から遠く離れた場所で変わらぬ日常を送るわたしたちにもいつか訪れる未来でもあることも。

 人々の営みを町猫たちが見つめている。能登の海にはやさしい風が吹いている。里山にはキウイを始めとする果実が実り、木々には新しい生命が芽吹いている。

 震災直後から復興ボランティアに勤しみ、風呂にすら入れなかった滝井さんの髪を庭で切る順子さんが醸し出す安らぎ。

 少子高齢化と都市への一極集中が止まらないこの国において「本当にしあわせな未来」はどこにあるのだろうと、改めて考えさせられる傑作だった。

(文・青葉薫)

【著者プロフィール:青葉薫】
横須賀市秋谷在住のライター。全国の農家を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」が松竹系で『種まく旅人』としてシリーズ映画化。別名義で放送作家・脚本家・ラジオパーソナリティーとしても活動。執筆分野はエンタメ全般の他、農業・水産業、ローカル、子育て、環境問題など。地元自治体で児童福祉審議委員、都市計画審議委員、環境審議委員なども歴任している。

【作品概要】

監督:五百旗頭幸男
撮影:和田光弘 音声:石倉信義 題字・美術:高倉園美
編集・撮影:西田豊和 音楽:岩本圭介 音楽プロデューサー:矢﨑裕行
テーマ音楽「穴水ラプソディー」(作曲:岩本圭介)
プロデューサー:木下敦子
製作:石川テレビ放送 配給:東風
2025年|日本|101分|ドキュメンタリー
©石川テレビ放送
2025年5月17日(土)から[東京]ポレポレ東中野、[大阪]第七藝術劇場、5月24日(土)から[金沢]シネモンドほかにて劇場公開
公式サイト

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【了】

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