「鈴木唯は”演じている”を超えていた」映画『ルノワール』早川千絵監督が語る映画制作の原点とは? 単独インタビュー

text by 斎藤香

映画『PLAN 75』(2022)で鮮烈にデビューをした早川千絵監督の最新作『ルノワール』が絶賛公開中だ。今回は、第78回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された本作について、早川監督にインタビューを敢行。キャスティング、撮影裏話、影響を受けた作品など、さまざまな話を聞いた。(取材・文:斎藤香)

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父との記憶が原点に

早川千絵監督 写真:wakaco
早川千絵監督 写真:wakaco

―――『ルノワール』は早川監督とお父様の思い出や記憶がモチーフになっているとうかがいましたが、本作の脚本を書こうと思われたきっかけを教えてください。

「脚本を執筆し始めたのは『PLAN 75』(2022)を制作するより前でした。子どもの頃、フキみたいに自転車に乗って父が入院している病院へ着替えを持って行ったりしていたんです。病院へ向かう時に見た景色、院内の様子、患者さんや看護師さんなどの姿が断片的にイメージとして私の中に残っていて、そういった光景を映像化するために脚本を書き始めました」

―――脚本作りはスムーズでしたか?

「『PLAN 75』の撮影が始まってからは、時間がなくて手をつけていなかったのですが、1年半くらい経って忘れかけていた頃、水野プロデューサーから『この映画を一緒にやりたい!』と声をかけてもらい、本格的に再スタートさせました」

―――主演の鈴木唯さんが素晴らしかったですね。オーディションに最初に現れたのが唯ちゃんで、監督は一目で気に入ったそうですが、決め手はなんだったのでしょうか?

「唯ちゃんは人見知りも物怖じもせず、おしゃべり好きな女の子なんです。こちらの予想の斜め上から言葉が返ってくるので、本当に目が離せない魅力がありました。“主人公から目が離せない”というのは、キャスティングにおいて、とても重要です。その要素を備えている子だったので彼女に決めました」

“演じている”を超えていた、唯ちゃんの存在感

©2025「RENOIR」製作委員会
©2025「RENOIR」製作委員会

―――鈴木唯さんはまだお芝居経験は浅く、監督の演出なしでは主人公として映画全体を支えるのは難しいと思うのですが、どのようにお芝居をつけていったのでしょうか?

「どういう内容の映画なのかを知ってほしいと思い、『台本を1回読んでおいてね』と渡しましたが、家で練習はしてこないでほしいと唯ちゃんとお母様にお願いしました。

ただ何度か定期的に会って、他のキャストの方たちとお話ししたり、ゲームをしたり、リハーサルをしたりという時間を設けました。その後、撮影に入ったのですが、私がディレクションする必要はほとんどなかったですね。彼女は自然にお芝居ができていたので、表現者としての唯ちゃんの力を信じて撮影をしました」

―――唯ちゃんに合わせて脚本を少し変えたとのことですが、最初は違うキャラクターだったのですか?

「脚本執筆の段階では、どういう女の子になるか見えていなかったんです。最初の脚本を読んだ方に印象を聞くと、『ヒロインは陰のある少女で、少し暗い話だった』と言われました。でも唯ちゃんが演じることになり、子どもらしい自由さ、軽さをもっと強調したいと思うようになったんです。

もともとフキの中にはそういう要素があったのですが、唯ちゃんと出会ったことで具体的なイメージが膨らみ、フキがどんどん物語の中で歩き出したという感じですね」

―――観ていくうちに、唯ちゃん=フキというイメージが出来上がり、演じているように見えなかったです。

「唯ちゃんはすごくマイペースな人で。撮影中に私がシーンについて説明をしていても、別の方を向いて別のことを考えている様子なんです。スタッフから『監督が話しているからちゃんと聞いて』と言われる場面が何度もありました。私は唯ちゃんがちゃんと演じられることはわかっていたので、自由に振る舞う唯ちゃんのことが面白くて仕方がありませんでした。

子どもらしいところがいっぱいある子ですが、フキという役をいちばん理解していたのは私と唯ちゃんだけだと思います。『話さなくてもわかるよね』という暗黙の了解がありました」

リリー・フランキーは“現代の笠智衆”

映画『ルノワール』
©2025「RENOIR」製作委員会

―――お父さん役のリリー・フランキーさん、そしてフキと同じアパートで暮らす女性を演じた河合優実さんなど、登場人物全員が役にぴったりとハマっていました。キャスティングは、監督ご自身が担当されたのでしょうか?

「はい、全て私が希望したキャスティングです。リリーさんは、そこにいるだけで絵になるんです。私は現代の笠智衆だと思っているのですが、リリーさん自身も演出家の目を持っている方のような気がします。どういうお芝居をしたら映画として成立するかを、ご自身の感覚としてわかっていらっしゃる。だから私から演技についてあれこれ言うことはなかったです」

―――石田ひかりさん演じる、どこかイライラした様子のお母さんには、思わず共感してしまうようなリアリティがありました。

「詩子はいつも不機嫌だけれど、人間味があり、愛おしさを感じられるキャラクターにしたいと思いました。石田ひかりさんは怒った表情がすごくチャーミングなんです。にこやかなお母さん役を演じられる印象が強かったのですが、そうじゃない石田さんを見たいと思ってお願いしました。

石田さんのこの作品に懸ける意気込みはすごく強かったと思います。『PLAN 75』を公開初日の初回に観ていただいたそうで。『ルノワール』に参加することをとても喜んでくださり、その情熱が圧巻のお芝居を生んだのだと思います」

―――河合優実さんと坂東龍汰さんも良かったですね。

「河合さんは『PLAN 75』にも出演してくださっていますが、私はその頃から河合さんの大ファンですし、今のご活躍ぶりは予想していました(笑)。唯ちゃんとの2人の重要なシーンに出演していただいたのですが、3人で話し合いながらシーンを作り上げていきました。今回も素晴らしい存在感で、大好きなシーンのひとつです。

坂東さんはだいぶ前から『この役者さんはお芝居が上手いな』と思っていました。目に少し暗い光を持った俳優さんで、とても気になる存在だったんです。坂東さんが演じる薫はフキと伝言ダイヤルで知り合うのですが、少し危険な雰囲気を纏わせつつ、フキと心を通わせる一瞬など素晴らしかったです。ご自身の中で微妙なバランスを調整しながら、とても繊細なお芝居を見せてくれました」

80年代の空気感を宿した美術世界

©2025「RENOIR」製作委員会
©2025「RENOIR」製作委員会

―――フキは、どこか相米慎二監督の『お引越し』のヒロインを彷彿させるものがありました。影響は受けられているのでしょうか?

「『お引越し』は本当に大好きな映画で何度も繰り返し観ています。私は中学生のときに相米慎二監督の映画に出会い『映画を作りたい』と強く思ったんです。初めてノートに好きな監督として相米慎二さんの名前を書いたくらい、尊敬をしていますし、特別な存在です。

中でも『お引越し』は大好きで脚本を書いているときも頭の片隅にいつも『お引越し』のさまざまなシーンが浮かび、イメージしながら書いていました」

―――この映画は80年代を感じさせる美術や小道具も秀逸でした。ビジュアルへのこだわりは?

「『ルノワール』は細部で時代を感じさせるように工夫していこうと思いました。例えばVHSテープ、カセットデッキ、その時代の洋服など、80年代を再現した細部のこだわりは美術、装飾、小道具、衣装、ヘアメイクを手がけたスタッフの力によるものが大きいです。

フキの家の洗面台やキッチンの小道具は映っていないところまで装飾が施され、すべてが懐かしいものばかり。“これ私の家にもあった”というアイテムもあり、タイムスリップした気持ちになりました(笑)」

キャラクターに“血”を通わせるための準備

早川千絵監督 写真:wakaco
早川千絵監督 写真:wakaco

―――キャストの皆さんにはキャラクターのバックグラウンドが書かれた資料を渡したそうですね。

「主要キャストの皆さんには、その役がどういう環境で育ってきたか、周囲の人にどのような感情を抱いているかなどを記した説明書きのようなものを渡しました。これはもともと私自身がその人物を理解するために作ったものです。

役者さんには役の人生を想像してほしい。どういう過去があったのかを知ってもらい、これまでの人生が滲み出るようなお芝居をしてほしいと思ったからです。登場人物たちが、物語を進めるための駒にならないように、血が通った人物であると感じられるようにしたかったのです」

―――『ルノワール』の編集を手がけたのは、フランス出身のアンヌ・クロッツさんですが、前作『PLAN 75』に続きタッグを組まれています。

「彼女なくしてこの映画は完成しなかったと思います。彼女とは2度目の仕事となるので、より深くコミュニケーションをとり、強い信頼関係を築くことができたので、骨の折れる編集作業を一緒に乗り越えられました」

―――かなり編集に苦労されたそうですが、どのような点に悩まれたのですか?

「エピソードの順番を決めるのに悩みました。最初に繋げてみたとき、1本の映画としてはバラバラで散漫な印象があり、これでは何が言いたい映画なのかわからないと思ったんです。どの順番で構成すれば、この映画の世界が立ち現れてくるのだろうと考え、それを探すのにとても時間を要しました」

“自分が観たい映画を作る”という覚悟

早川千絵監督 写真:wakaco
早川千絵監督 写真:wakaco

―――監督のキャリアについてお話を伺います。フキの年齢の頃はもう映画を撮りたいと思っていたそうですね。

「小学校にあがる前から、物語を作るのが好きで、当時は小説家になりたいと思っていたんです。その後、小栗康平監督の『泥の河』(1981)という作品に出会い、映画というものに強烈に惹かれました。その頃から徐々に映『私も映画を作りたい』と思うようになりました」

―――ニューヨークの芸術大学を卒業されていますが、ここで写真学科を専攻されたのはなぜでしょう。

「最初は映画学科に入学したのですが、映画制作は周囲とのコミュニケーションが欠かせないのに、自分の英語力ではそれが思うようにできませんでした。加えて、当時、映画学科の学生はほとんどが男性で、女性は私とロシアからの留学生だけ。クラスメイトの男子たちは、みんな『ゴッドファーザー』(1972)と『スカーフェイス』(1983)のような作品が大好きで。一方で私は、日本映画やヨーロッパ映画が好きで、それに憧れて映画を撮りたいと思っていたのに、『なんで私はアメリカに来てしまったんだろう』と悩みました。

結局、映画学科の雰囲気にすっかり怖気付いてしまって、1週間で逃げるように映画学科から写真学科に転部したんです。写真なら1人でもできると思って」

―――写真学科の学びは、映画制作に活かされていますか?

「写真学科では、現代アート、ドキュメンタリー、ファッションなど、いろいろな分野を学ぶ機会を得まして、自分の引き出しがどんどん増えていきました。映画を作りたい気持ちは変わらなかったので、自分でビデオカメラを買って、ビデオアート的な映像作品を作ったりしていたんです。

また、写真を学んだことで撮影カメラマンとイメージを共有しやすかったり、自分の好みを明確に伝えることができたりするので、映画作りにも活かされていると思います。ですから、結果的に写真学科に進んで良かったと思っています」

―――今後はどのような作品作りを考えていますか?

「撮りたい映画の“種”はたくさんあるのですが、まだ具体的な企画として動いているものはありません。ただ長編映画を2本撮ってみて、やはり“自分が観たい映画”を作らなくてはいけないと改めて感じました。残りの人生で作れる映画の本数は限られてしまうと思うので、今は『本当に自分が観たい映画だけを作っていこう』と覚悟を決めたところです」

(取材・文:斎藤香)

【作品概要】

『ルノワール』
2025年6月20日(金)よりロードショー
監督・脚本:早川千絵
出演:鈴木唯
石田ひかり 中島歩 河合優実 坂東龍汰 / リリー・フランキー
Hana Hope  高梨琴乃 西原亜希 谷川昭一朗 宮下今日子 中村恩恵 
エグゼクティブ・プロデューサー:小西啓介 水野詠子 國實瑞惠 木下昌秀 小林栄太朗 Jossette C. Atayde Maria Sophia Atayde-Marudo  Fran Borgia
プロデューサー:水野詠子 Jason Gray 小西啓介 Christophe Bruncher Fran Borgia
コ・プロデューサー:Jossette C. Atayde Alemberg Ang Olivier Père Rémi Burah Yulia Evina Bhara Amerta Kusuma Amel Lacombe
アソシエイト・プロデューサー:山根美加 ラインプロデューサー:金森保
撮影:浦田秀穂 編集:Anne Klotz 美術:三ツ松けいこ 装飾: 秋元早苗 照明:常谷良男 録音:Dana Farzanehpour 
衣装:宮本まさ江 ヘアメイクデザイナー: 橋本申二  制作担当:金子堅太郎 助監督:佐藤匡太郎 キャスティング:杉野剛    
サウンドデザイン:Philippe Grivel Yves Servageant フォーリー:Xavier Drouot 音楽: Rémi Boubal 
製作:ハピネットファントム・スタジオ ローデッド・フィルムズ 鈍牛俱楽部 KINOFACTION テンカラット
Ici et Là Productions/Akanga Film Asia/Nathan Studios/Daluyong Studios/ARTE France Cinema/KawanKawan Media/Panoranime
企画・制作:ローデッド・フィルムズ 制作協力プロダクション:キリシマ1945 
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(国際共同製作映画)
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【了】

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