「映画を作ることは自己理解すること」短編映画『オン・ア・ボート』ヘソ監督ロングインタビュー。製作秘話と結婚観を語る。

text by 福田桃奈

松浦りょう主演、渋川清彦、山本奈衣瑠が共演する短編映画『オン・ア・ボート』。今回は、本作にて脚本と監督を務めたヘソさんにロングインタビューを敢行。CMやミュージックビデオなど映像作家として活動するヘソ監督が、ユーモア溢れる発想を作品へと昇華させた秘密や独自の結婚観など、たっぷりとお話を伺った。(取材・文:福田桃奈)

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【あらすじ】

郊外の一軒家に越したばかりの妻・高橋さらと夫・高橋忠は、「年の差婚」をした新婚夫婦。そこへ妻の旧友である鈴木えだまめが新築祝いにやってくるのだが、神経質な忠は、えだまめの自由すぎる振る舞いに嫌悪感を抱く。一方、さらはえだまめとの「あの頃」を思い出すことで自由の価値観が揺らいでいく…。

「物語に根ざしてセリフを書く」
ユニークな作品に至るまで

ヘソ監督 写真:大島風穂
ヘソ監督 写真:大島風穂

ーー「結婚」を題材に、「自由とは何か?」を問うような物語ですが、夫婦や人間の可笑しみに溢れており、大変楽しく拝見させていただきました。本作は、松浦りょうさん演じる妻の高橋さらと、渋川清彦さん演じる夫の高橋忠、そして山本奈衣瑠さん演じる友人の遠藤えだまめの3人を軸に物語が進んでいきます。まず脚本についてお聞きしたいのですが、一番最初に脚本を書き始めた時は、鈴木えだまめが主人公だったそうですね。

「山本さんに出会ってからは、ずっと彼女で映画を撮りたいと思っていたし、これまでもこの“えだまめ”というキャラクターで何本も脚本を書いていたんです。ただ僕はえだまめみたいな人間じゃないし、憧れの存在として書いていただけだったので、自分が心底共感できることから始めなければと思い書いたのが忠というキャラクターでした」

ーー忠は妻に対しても敬語で話します。それは自分の正しさへの押し付けや、人を蔑んでいるようにも見えました。昨今、女性推進やフェミニズムな作品が増えている中、本作は懐古主義的な古い男性像です。このようなキャラクターを作り上げる上で、どのようなことをされましたか?

「まずシーンスケッチのようなものを作りました。例えば忠が電車に乗っている時に見るもの全てにイライラするとか、職場の後輩の態度にイライラするとか…。忠のような人間には凄く共感ができるので、『自分だったらこういうことを言うな』というのを素直に書いた結果、敬語になりました。それは、自分が今まで見てきた古い大人たちの印象があるのかもしれませんし、僕にもそういうところがあるんだと思います」

ーーセリフが断片的で、センテンスも極端に短かったり、長かったりするのが印象的です。また断片的であることによって、夫婦の会話が噛み合っていない様子が表現されていました。今回のような脚本に至った経緯はあるのでしょうか?

「僕は洋画ばかり観てきたんですけど、邦画は小津安二郎とか黒澤明とかそういう映画が好きで、それは何故なのかをずっと考えていたんです。その時に、洋画には文化的な距離があるし、邦画にも時代的な距離があることによって自然と受け入れられる。

一方、最近の作品を観ると、物語の内容以上にリアリティが気になってしまって、そのせいで素直に映画を面白いかどうか判断が出来ない。特に2010年以降の邦画を頑張って観られない理由はそこにあるんじゃないかと思ったんです。

例えばお芝居面で、いかに自然な感情があるかどうかに注目してしまうと、そこばかりが浮き立ち、肝心の映画としての物語が遠のいてしまう。そもそもリアリティって何だろうと考えた時に、映画はカメラで撮影している以上、本質的な自然は絶対にないし、想像ができなかったんです。カメラが回ってから始まったものに対して、自然さを求めるのは違うんじゃないかと思った時に、物語に根ざしてセリフを書いていこうと思いました」

ーーまるで不条理な演劇作品を観ているようでした。

「今回は当て書きがベースにはあるのですが、脚本をブラッシュアップする際に、登場人物は一旦置いておき、作品全体の中で一つ一つのセリフがどういう意味を持つのかを突き詰めていった結果、演劇的な作品になりました。自分では思いがけないことだったので、面白いなと思いました」

ーーセリフを削ぎ落としていった結果、演劇的になったというのは興味深いです。脚本も見させていただいたのですが、ラストの方に「暗転」と書かれており、そこも演劇的だなと感じました。

「僕は元々アメリカンニューシネマや、ニュージャーマンシネマ、ヴィム・ヴェンダース作品が好きで、そこが自分の源流だと思っていたんです。でも完成した本作を観ると、ヌーヴェルヴァーグや、その中でもフランソワ・トリュフォーのシーンの切り方などに類似性を感じて、自分が好きだと思っていた作品と、血となり肉となっているものは結構違うんだなと思いました」

ーーセリフ量が少ない分、一つ一つの解釈がとても大事になってくると思ったのですが、キャストの方とはディスカッションをされましたか?

「渋川さんとはセリフの言い方を共有させていただいたことはありましたが、ご自身の中でキャラクターが出来上がってからは、ほとんどNGもなかったですね。山本奈衣瑠さんには、『なぜ“さら”の家に行ったのか?』や『どういう気分なのか?』など前提を投げかけておき、シーンが始まれば彼女のものになるので、あとはお任せしました。

松浦さんに関しては、彼女が演じた“さら”というキャラクターが分かりづらいですし、“さら”が何がしたくて、何がしたくないのかということが物語の中心となっていて、むしろその分からなさが重要でした。ただ撮影初日か2日目に松浦さんから『さすがに分からなさすぎる…』と言われたことはありました。彼女の中で共感できる部分とできない部分があり、そこは一つずつ共有をして解消しました。

でも撮影をする中で彼女が言っていたのは、『分からないことが分かった』と。『きっとキャラクター自身も分かっていないんだと思う』という結論が出てからは、雲が晴れたように進んでいきました」

「結婚が彼をがんじがらめにする」
ハエとガムテープのモチーフについて

ヘソ監督 写真:大島風穂
ヘソ監督 写真:大島風穂

ーー冒頭のシーンで、忠は家の中をキョロキョロと見回します。そこでは新居でのこれから始まる夫婦生活への高揚感ではなく、恐怖心や不安感など不穏さを覚えました。このようなシーンを入れた意図について教えてください。

「新婚生活の本当の感情を一つ表すとしたら“不安”だと思うんです。結婚は、“この人と一生一緒にいる”という覚悟があってするわけじゃないですか。その始まりの時は、どれだけ幸せだと感じていても、やっぱり不安だと思うし、負の感情を増大させて描いた方が、結婚という物語を描く上で説得力を持たせることができるんじゃないかと思い、あのようなシーンを入れました。

完成してから何回も観るじゃないですか。そうすると『あの時の自分はそうだったんだ』という自己理解ですよね。それは映画を作ることによって気付くことができる気がします」

ーー家の中を見回した後、忠は全ての窓を閉めていきます。それは自分が気に入らないものを排除することや、妻を閉じ込めておくという意志を感じました。また部屋の中を飛び交っていたハエを捕まえ、ガムテープでグルグル巻きにします。ハエも忠の気に入らないものの象徴ですし、面白いモチーフだと思いました。

「夫婦の関係性を冒頭のセリフがない部分で、どう表現していくかを考えた時に、妻が開けた窓を全部閉めていくことで示せるのではないかと思いました。また窓を閉めて境界線を作り、外から入ってきたものを捕まえてなかったことにする。

あとは、こんな発想をしている時点で最悪だなと思うんですけど、忠の人生の中で“さら”という“ハエ”が自分の人生の中に入ってきて、それが飛び回るとうるさいし、どこにいるのかも分からなくなるから、捕まえてガムテープでグルグル巻きにしてしまえば、所有物となってコントロールできるという意味もありました」

ーーガムテープで丸められたハエは、後半のシーンでバラバラになって出てきます。このシーンは残酷性がありながらも、どこか寂しさを感じる印象的な場面でした。

「本作でのガムテープの意味合いは、新婚生活の象徴で、僕にとっては“結婚”なんですよ。そして最後にハエがガムテープからバラバラになって出てくるところは、妻というハエを捕まえたと思っていたけれども、実際は忠自身だったと…。

忠のような古い人間がそれも年の離れた人と結婚する価値観って、たまたま人生の後半で彼女と出会い、男たるもの結婚するんだという理由からしたけど、その結婚が彼をがんじがらめにして窮屈にしてしまう。

僕は最初に起きたことが最後逆転するような映画の構造が好きなので、あのようなシーンを入れました」

「それでもやっていく」という絆
結婚の価値と自由について

ヘソ監督 写真:大島風穂
ヘソ監督 写真:大島風穂

ーーラストシーンがとてもユニークで素敵でした。夫婦の関係は一度壊れてしまったけれども、家という箱の中に収まる2人は、そのまま暮らしていくしかなく、その“しょうがない”ということに対して、『それでもこのままやっていこう』というようなポジティブな側面も感じ、大変面白かったです。

「“それでもやっていく強さ”って、結構かけがえがない気がするんです。9割その人のことが嫌いでも、なんか一緒にいるみたいな。それはただの情とか、面倒だから別れないだけだったりするかもしれないけど、でもそれでもやっていくっていうのは本当の意味での絆なのかもしれないと。

例えば夫婦喧嘩をしたとしても、次の日になったら『ま、いっか』みたいな(笑)。この『ま、いっか』の価値みたいなものを物凄く感じます。そしてそれは前向きな姿勢だと思うし、このラストシーンはとても好きです」

ーー本作は「結婚」以外にも「自由」がテーマとなっています。ヘソ監督が考える自由とは何でしょうか?

「えだまめのように、今何でもできる自由と、さらのように後ろ盾があることによって、ある意味自由がある。この2つを比べた時に、えだまめにもパートナーがいて、その関係性の中での自由でしかない。だとすると本当の意味で、今自分の好きなことを自分が思ったようにできる自由なんて無いんじゃないかなと。それは本作を作りながら思いましたし、でも結局“自由”については分からずじまいなんですけどね」

(取材・文:福田桃奈)

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