劇場では異例の拍手も…映画『フロントライン』が支持されるワケ。実話に基づいた衝撃作、評価&考察レビュー

text by 青葉薫

2020年、未知のウイルスにより揺れた日本。その最前線にいた人々の真実に迫る映画『フロントライン』は、ダイヤモンドプリンセス号の実話をもとに、医療現場の葛藤と選択をリアルに描き、いま私たちが何を学び、どう未来を築くべきかを静かに問いかける。(文・青葉薫)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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三密の映画館で観るパンデミックのはじまり

映画『フロントライン』
©2025「フロントライン」製作委員会

 5年前、再び三密の映画館で映画を観られる日が来ることを誰が想像できただろう。

 2020年4月の緊急事態宣言下、人波が消えた渋谷のスクランブル交差点には世界各国の人々の笑顔が溢れ、そこから30秒のところにあるシネコンの場内は一席ずつ空けることもなければマスクをしている人さえまばらだった。

 新型コロナウイルスは消えていない。今まさに罹患している人もいれば、後遺症に苦しんでいる人もいる。それでも、5年前のような「恐怖心」が多くの人々の中から消えたのは事実なんだろう。それが良いことなのか、悪いことなのかは各々の捉え方次第なのだけれど。そんなことを思いながら、わたしもマスクを外して上映に臨んだ。

 思えば未知なるウイルスに対する恐怖心を最初に日本にいるわたしたちの日常にもたらしたのが、2020年2月3日、横浜港に入港した白亜の豪華客船ではなかっただろうか。

 映画『フロントライン』は日本で最初の集団感染が発生したダイヤモンドプリンセス号を舞台に、3月1日に乗客乗員全員を下船させるまで必死で戦い抜いた人々の姿を描いた物語だ。

「事実を伝える」という作り手の覚悟

映画『フロントライン』
©2025「フロントライン」製作委員会

 小栗旬、松坂桃李、池松壮亮、そして窪塚洋介ら豪華俳優陣の共演という極めてエンターテインメント性の高い作品だが、ブルース・ウイルス演じる主人公がたったひとりで人類を滅亡から救うような奇跡の寓話ではない。

 船内で約一ヶ月に渡って対応にあたったボランティア医師チーム「DMAT(Disaster Medical Assistance Team)」を中心に、関わった人々の実際のエピソードと思いを丁寧に汲み取って、物語を紡いでいる。こうした実話を元にした作品では団体などの名称を変更することで様々なリスクを回避することが定石だが、本作では登場人物の名前こそ変えたものの「ダイヤモンドプリンセス号」という名称はそのまま使用している。そこにも制作陣の「事実を伝える」という覚悟と思いを感じた。

 物語はダイヤモンドプリンセス号が横浜港に入港した2020年2月3日から始まる。武漢での滞在歴のある乗客の感染が下船した香港で確認されたこと、検疫によって乗客乗員10人の陽性が認められたことで政府は下船を否認。2週間の検疫を命じたが、当時の日本には大規模なウイルス対応を専門とするCDCのような機関が存在しなかった。

 急遽対応することになったのが災害医療を専門とする医療ボランティア的組織のDMAT。医師、看護師、医療事務職による、大規模災害や事故などの現場におおむね48時間以内から活動できる専門的な訓練を受けた医療チームだ。地震や洪水など災害対応のスペシャリストではあるが、未知のウイルスに対応できる経験や訓練はされていない。数日前、内閣総理大臣が武漢からのチャーター便で帰国する人々への対応にDMATを出動させた前例があったこと。神奈川県がダイヤモンドプリンセス号で起きていることを「災害」と認定したことで出動を可能にするという異例の措置だったという。

 対策本部でDMATの指揮を執る結城英晴(小栗旬)に対して、厚生労働省の立松信貴(松坂桃李)は「日本に感染を持ち込まないことを第一に対応して下さい」と告げる。東京オリンピック2020の開催を5ヶ月後に控えていたのも大きかったのだろう。島国という特性を活かせば完璧な水際対策も可能なはずだ。それは報道を通じて画面越しにダイヤモンドプリンセス号を見つめていた多くの日本人の願いでもあったように思う。事実、政府は2月7日には船内で感染症を発症した恐れのある人が確認された香港発のクルーズ船の入国を拒否し、香港に帰港させている(その対応に国内外から多くの賛否があったのもまた事実だ)。

 ダイヤモンドプリンセスも同じ外国籍の船だ。しかし、香港で下船した乗客への感染が発覚したときには既に沖縄で入国を済ませていた。それが56カ国の乗客乗員3711人の運命を大きく左右した。

 守るべきは国家か、目の前の人命と人生か。

 究極の二項対立とも言えるフロントラインで、彼らは葛藤する。その上、ウイルスの潜伏期間はおろか、空気感染するか否かも不明だった時期だ。新たな陽性者が隔離後に感染したのか、隔離前に感染したものが今になって発症したのかすら正確にはわからない状況の中で選択を迫られていく。

信念がつないだ想いのリレー

映画『フロントライン』
© 2025「フロントライン」製作委員会

 本作によって改めて明らかにされたのが、結城を指揮官とするDMATの面々がそれぞれ葛藤しながらも、常に目の前の命を守ること、そして、人道的であるかどうかを第一に考えて行動を選択していたという事実だった。それは医師として当然の矜持でもある。だからこそ彼らは家族の不安を振り切ってでも身の危険を覚悟で船に乗り込んでいるのだ。だがそれは時に「日本に感染を持ち込まないことを第一に対応して下さい」という政府の指示に背くものになることもあった。

 重症者として病院に搬送された夫がICUで意識不明に陥ったという連絡を受けた濃厚接触者の妻。隔離中にも関わらず海に飛び込んででも逢いに行こうとした彼女を、結城は検疫の反対を押し切って下船させ、面会させる。

 それは、物語の為に創作されたエピソードではなく、事実だ。

未来に問われる、わたしたちの選択

映画『フロントライン』
© 2025「フロントライン」製作委員会

 本作では、バイアスの掛かった報道を見ていただけのわたしたちが知り得なかった、ダイヤモンドプリンセス号での”ありのまま”が描かれていく。

「それが人道的であると判断したからです」
 DMATの信念は、乗客の安全安心の為に尽くしてきた船のクルーたちに、そして厚労省の立松にも伝播していく。

 そんな結城に対するアンサーにも思える、”ある局面”での立松の選択には正直驚かされた。だが、そこに批判に屈しない彼らの強い覚悟を感じたのもまた事実だ。時に差別や偏見に曝され、逡巡や葛藤を見せることはあっても、最後は信念を貫く。ルールを変えさせてでも。それは彼らがメディアの向こうにいる世間の為に行動しているわけではなかったからだ。

 当然その”ありのまま”には批判の声もあるだろう。だが、結城が劇中で言うように「完璧な医療など存在しない」。そして「完璧な感染症対策も存在しない」。だからこそ、わたしたちにできることは「今あるリソースで目の前にある命と人生の為に最善を尽くすこと」だと教えられたような気がした。

 そんな彼らの選択のひとつ一つが、わたしたちを再び三密の映画館で映画を観るという未来へと連れてきてくれたことを実感した。終幕とともにどちらからともなく湧き上がった拍手が、すべての医療関係者とエッセンシャルワーカーへの感謝のように感じられた。

 描かれているのは5年前の過去だ。しかしその向こうには「救えなかった13人の命」に対する医療関係者の今現在の思いがあった。そして、ダイヤモンドプリンセス号に乗船していた国内外の乗客・乗員3711人の今現在に対する制作者や俳優陣の思いがあった。感染や心身症を患った人、差別や偏見に苦しめられた人、大切な人を失った人。そんなひとり一人の人生に対する深い想像力が作品の根底に流れていた。客席で涙している人が当時あの船に乗っていた誰かなのではないかと錯覚してしまうほどに。

 わたしたちは過去に何を学び、どんな未来を創っていくのだろう。それが5年前のような分断のない、他者への思いやりとやさしさに溢れた世界であってくれたら。そんな願いと希望を感じさせてくれる一作だった。

【著者プロフィール:青葉薫】
横須賀市秋谷在住のライター。全国の農家を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」が松竹系で『種まく旅人』としてシリーズ映画化。別名義で放送作家・脚本家・ラジオパーソナリティーとしても活動。執筆分野はエンタメ全般の他、農業・水産業、ローカル、子育て、環境問題など。地元自治体で児童福祉審議委員、都市計画審議委員、環境審議委員なども歴任している。

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【了】

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