放送禁止の噂は本当? 宮崎駿が制作に関わらなかった理由とは? 映画『海がきこえる』評価&考察レビュー<あらすじネタバレ>

© 1993 Saeko Himuro/Keiko Niwa/Studio Ghibli, N

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海がきこえる

原題:
海がきこえる
製作年:
1993年(日本)
監督:
望月智充
脚本:
中村香
撮影:
奥井敦
音楽:
永田茂
配給:
スタジオジブリ
上映時間:
72分
出演:
飛田展男, 坂本洋子, 関俊彦, 荒木香恵, 緑川光, 天野由梨

映画『海がきこえる』が2025年7月4日(金)より3週間、全国でリバイバル上映される。あらすじ(ネタバレあり)を紹介し、魅力を徹底解説。氷室冴子による日本の小説を基にした、スタジオジブリ作品唯一のテレビ映画。杜崎拓役・飛田展男、武藤里伽子役に坂本洋子など声優陣が集結。稀有な「エモい」魅力の秘密を解き明かす。<あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー>

映画『海がきこえる』あらすじ

© 1993 Saeko Himuro/Keiko Niwa/Studio Ghibli, N
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 高知の中高一貫校を卒業し、東京の大学に進学した主人公の杜崎拓は、吉祥寺駅のホームで高校時代の同級生武藤里伽子を見かける。拓は高知へ帰省する飛行機の中で、里伽子との高校時代の思い出を振り返る。

 高校2年生の時、拓には松野豊という親友がいた。ある日、松野は拓を呼び出し、東京から転校してきたばかりの里伽子について話す。拓は松野が里伽子に惚れていることに気づき、「どこの誰かも分からない女に松野の良さが分かるわけがない」と内心毒づくのだった。

 都会っ子で才色兼備の里伽子はクラスで浮いた存在だったが、別のクラスの拓は彼女と関わることはほとんどなかった。しかし、修学旅行先のハワイで、拓は、里伽子からお金を貸してほしいと突然頼まれる。拓は里伽子を注意するものの、二人は会話を通じて次第に打ち解ける。里伽子の「誰にも言わないで」という言葉を受け、拓は結局6万円貸すのだった。

 高校3年生に進級すると、拓と里伽子は同じクラスになる。里伽子は拓に借りたお金で東京にいる父親に会いに行こうとし、成り行きで拓も同行する。東京で父親には会えたものの、父親にはすでに新しい家族がおり、里伽子は大きなショックを受ける。その夜、里伽子は拓の部屋で泣きながらお酒を飲み、そのままベッドで寝てしまう。拓は仕方なくバスタブで夜を明かす。

映画『海がきこえる』【ネタバレあり】あらすじ

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 翌朝、拓は、里伽子と元カレの岡田とお茶をすることになる。軽薄な恋愛話や、母親への悪口に花を咲かせる岡田に苛立ちを覚えた拓は、くだらない、と言い放ち席を立つ。拓の言葉を受け、里伽子は岡田のような男と付き合っていた自分を恥じるようになる。拓はそう語る里伽子に徐々に惹かれ始める。

 東京旅行後、里伽子が酷い言葉で親友の松野を振ったことを知った拓は、里伽子と互いにビンタを食らわせ合う。秋になり文化祭の準備が進む中、拓は里伽子が女子たちに吊るし上げられている現場に遭遇するが、見て見ぬ振りをしてしまう。そのことを知った里伽子は再び拓にビンタを食らわせ、泣きながらその場を後にする。

 事情を知った松野が拓に、なぜ里伽子を止めなかったのかと尋ねると、拓は「止めたってまた文句言われるだけだし」と答える。その瞬間、松野は拓を殴り飛ばし「お前は馬鹿だ」と言って去る。それ以来、拓と松野は疎遠になる。

 回想後。空港には、拓を迎えに来た松野の姿があった。松野は、拓も里伽子のことを好きなのに遠慮していたため怒ったのだと打ち明け、和解する。同窓会に里伽子の姿はなかったが、友人伝いに拓は、里伽子には東京に会いたい人がいて、その人はバスタブで寝てしまう人だと聞かされる。
 
 東京に戻った拓は、再び吉祥寺駅のホームで里伽子を見かける。拓は慌てて彼女に駆け寄る拓に、里伽子は深々とお辞儀をする。拓は、「ああやっぱり彼女が好きなんだ」と実感し、物語は終わる。

「ポスト宮崎・高畑の時代に備える」というコンセプト

© 1993 Saeko Himuro/Keiko Niwa/Studio Ghibli, N
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 小説家、氷室冴子の代表作を原作としたスタジオジブリ制作のアニメーション作品。監督は『めぞん一刻 完結編』(1988)や『きまぐれオレンジ☆ロード あの日にかえりたい』(1988)などの青春ものを得意とする亜細亜堂の望月智充が務める。

 スタジオジブリの若手作家育成プロジェクトとして発案された本作。当初はテレビ放映用とされたものの、制作プロデューサーの高橋望が「若手制作集団とは言ってもジブリが作るのだから映画として作ろう」と提案し、72分の中編作品としての制作が決定したという。

 テレビ用に企画された本作だが、1993年に放映されて以降、長らく地上波にかかることはなく、「地上波NG」「放送禁止」といった噂がまことしやかに囁かれている。中でも、劇中にある未成年飲酒シーンが、90年代以降、厳格化が進んだBPO(放送倫理・番組向上機構)の規約に抵触することになったからではないか、72分という上映尺は短く、金曜ロードショー枠に上手くはまらないのではないか、といった説は根強く、説得力がある。

 本作が最後に地上波で放送されたのは2011年。宮崎吾朗監督作『ゲド戦記』(2006)と併映され、放送前には本作に不適切な表現がある旨を明記した上で「製作者の意図を尊重し、オリジナルのまま放映する」といったテロップが使われた。

 閑話休題。本作は「ポスト宮崎・高畑の時代に備える意味でも若手主体による作品作りを」という思惑から、同スタジオの作品としてははじめて宮崎駿と高畑勲が関わらない作品として知られており、スタッフには『かぐや姫の物語』(2013)の小西賢一や『もののけ姫』(1997)『千と千尋の神隠し』(2001)の安藤雅司など、後のアニメ業界を支えるメンバーが起用された。

 また、飛田展男をはじめとする専業俳優が積極的に起用されている点や、吉祥寺駅やはりまや橋、高知城といった舞台が実在する点もスタジオジブリ作品でははじめての試みだった。なお、製作時は、リアリティを表現するため、ロケハン時の写真がそのままアニメーションとして使用されている。

青春が生み出した「余白」

© 1993 Saeko Himuro/Keiko Niwa/Studio Ghibli, N
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 そんな本作は、いわば「余白」という言葉で解説できるだろう。

 まず、作画においては、「順光」「逆光」「ノーマル」の3つのパターンのハイブリッドにより、コントラストの強い高知の夏を表現。白を基調とした情緒あふれる映像で、青春の儚さや淡い恋心といった、感情を表現することに成功している。

 かっちりした絵も本作の特徴だろう。通常のアニメといえば、動きや奥行きを表現するために、パン(水平移動)やティルト(垂直移動)といったカメラワークが多用されがちだ。しかし、本作は、拓が里伽子と再会した際のパンをのぞき、全てのカットがフィックスになっている。これにより、再会時の拓の心の揺れを効果的に表現可能になったのだ。

 ストーリーの「余白」も、本作の「エモさ」を効果的に高めている。作中では、里伽子が高知に転入してきた理由や、拓の恋心といった核心部分が明示されない。そのため、観客は、彼らの行動や会話の端々から彼らの感情の「余白」を汲み取ることを余儀なくされる。

 そして、彼らのうちの中に立ち現れるのは、誰もが経験のある青春時代の後悔だ。本作の登場人物たちは、みな高校時代に何らかの思いを置き去りにしている。あのとき、なぜあんな行動をとってしまったのか。あのとき、なぜあんなことを言ったのかー。そんな青春時代のあれこれが、拓や里伽子とともに、観客の中で立ち現れる。

 30年以上を経ってなお本作が愛される理由、それは、本作が青春という普遍的なテーマを描いているからに他ならない。そして、私たち一人ひとりがかかえる青春の「余白」が、本作にさらなる奥行きを与えるのだ。

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【了】

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