『君たちはどう生きるか』を経て広がった表現の幅――俳優・山時聡真が語る、“変化を楽しむ”心持ち。映画『蔵のある街』インタビュー
映画『蔵のある街』で主演を務めた山時聡真さん。全編倉敷ロケが敢行された本作の撮影秘話や役づくり、そして俳優という仕事に対する率直な思いを語ってくれた。初めてのホテル暮らし、声優経験で得た気づき。“初めて”に挑み続ける山時さんの現在地に迫った。(取材・文:山田剛志)
サックスと方言で役に近づいた日々
―――今回の映画で山時さんは、大切な友人との約束を果たすため、街に花火を上げようと奔走する高校生・蒼を演じられました。オーディションを経て出演が決まった時、どんな気持ちなりましたか?
「率直に、誰もが温かいと感じるような優しい作品に出会えたことがすごく嬉しかったです。脚本をいただいた時点で、全編倉敷ロケとも聞いていました。実際に倉敷には行ったことがなかったんですけど、“オールロケ”という響きだけで、すごくワクワクしました」
―――クランクインまでにどんな準備をなさいましたか?
「岡山弁は、いただいた音声を何度も繰り返し聞いて耳に馴染ませました。イントネーションや抑揚って、ちょっとの違いで違和感が出るので、細かく確認しながら覚えていきました。
サックスは、あまり上手すぎてもいけないという役だったので、まずは基本のドレミファソラシドをなめらかに吹けるように練習して、そこからちょっと下手に見えるように微調整する感じでした」
―――劇中、蒼が家でサックスを吹いていて、母親に怒られるシーンがありますよね。実生活でも、そんな出来事はあったんでしょうか?
「ありました(笑)。夜にしか時間が取れないことが多くて、友達がうちに来たときに『今サックスを練習しているんだけど、ちょっと聞いて』と言って、夜の遅い時間に吹いたら…母の部屋にかなり聞こえていたようで、『うるさーい!』って母に叱られて、すぐやめました」
―――ご自身の高校時代と蒼の共通点があれば教えてください。
「僕は本当に“普通”の高校生だったと思います。何かを大きく変えたとかではなくて、バスケットボールに打ち込んだり、応援団をやったり。中学も高校も、学校生活をとにかく全体的にバランスよく両立したいと思っていました。
だから、当時の努力や悩んでいたこと、テストのことなどもよく思い出していました。高校生の時に何に悩んで、何が嬉しかったんだろうって。写真を見返したりしながら、蒼に近づいていきました。
共通点でいうと、蒼はちょっと飽き性なところがあるんですけど、僕もすごく飽きっぽいんです(笑)。何か始めても結構すぐに違うことに興味が移っていったりするので、そこはすごく共感できました」
―――画面をよく見ると蒼の部屋には色んなものが置かれているのがわかります。
「はい。映っていない部分にもいろんな楽器や道具が置かれていて、“これにハマって、でも飽きてまた次に行って”っていう性格が部屋ににじみ出ていると思います。ぜひ背景まで見てもらえると嬉しいです」
“飽き性”でも続けてきた役者業。カメレオン俳優への憧れ
―――世代の近い役者さんが集まって地方ロケで映画を作るという経験は、山時さんにとって得難い経験だったのではないかと想像します。今回の現場で過ごした時間を振り返って、いかがでしたか。
「この年齢になると、ちょっとずつ高校生の頃のピュアな気持ちって忘れていってしまうんですよね。でも今回、倉敷という街で3週間ホテル暮らしをして、そこで作品と向き合えたのは、自分にとってすごく貴重な体験でした。芝居だけじゃなく、自分自身の“芯”みたいなものが強くなった気がします」
―――長期の地方ロケという日常から切り離された環境で役を演じる、という経験は初めてでしょうか?
「はい、実家暮らしなので3週間も家を離れるのは初めてでした。学校の修学旅行とかでもせいぜい3泊4日じゃないですか。それがずっとホテル住まいで撮影、仕事だけに集中する時間というのは、ちょっと大人に近づいた感覚がありました。お芝居に悩んだときも、まず相談できたのが同世代のキャストや、スタッフの皆さんだったことも、自分にとって大きかったです」
―――先ほど、ご自身の性格を“飽き性”とおっしゃいましたが、役者という仕事は、10代前半からずっと続けていらっしゃいますよね。役者業のどんなところが好きですか?
「お芝居って、相手の芝居や監督の言葉を受けて変わっていくじゃないですか。自分が最初に持ってきたプランを、現場で壊していける柔軟さがすごく面白いです。普段、自分の意見や考えは“壊されたくない”って思ってしまいがちですけど、お芝居のときは不思議とそれができる。そこが好きですね」
―――普段の山時さんは、何に対しても柔軟でなんでも受け入れるってタイプでは必ずしもないけど、こと芝居に関しては、最初に持っていた考えが覆されて変わっていく過程を楽しめると。
「そうなんです。オーディションなども大好きで、持ってきたものを次こういう風にやってみてと言われた時に、自分の幅を見せるというか、こっちもできますっていう幅を見せるのが僕はもう大好きで。幼い頃、中学ぐらいの時からもずっとそれは意識しながらお芝居はしています」
―――そういった“変化を楽しむ感覚”は、役者をやっていく中で芽生えたものではなく、最初からあったんですね。
「はい、最初の頃からずっとありました。僕、“カメレオン俳優”って言葉がすごくかっこいいなと思っていて。あれって、やっぱり“演技の幅の広さ”から来ている言葉じゃないですか。小さい頃からずっとそういう存在に憧れていたので、『幅広いね』って言ってもらえると、本当に嬉しいです」
―――ご自身で変化を楽しめるという点がすごく重要ですよね。
「そうですね。だからこそ続けられていますね」
初主演を経て見えた課題と成長
『君たちはどう生きるか』への出演がもたらした“表現の幅”
―――今回、山時さんは実写映画では初めて主演を務められました。完成した作品を見て、ご自身のお芝居をどうご覧になりましたか?
「自分の芝居については、全力でやりきったと思っています。ただ、今回は初めての主演という形で、登場シーンも多いし、セリフ量も多かったので、“物語全体を見渡す目”がもっと必要だったなっていうのは課題として感じました。
撮影も順番通りじゃないので、『この前に何があって、どう感じてるか』っていう流れを常に意識してはいたんですけど、それでもキャラクターのトーンや感情の流れに、もう少し統一感を持たせたかったなと。初主演だからこそ見えてきた課題で、次に活かしていきたいなと思いました」
―――アニメーション作品である『君たちはどう生きるか』(2023)でも主演を務めておられますが、その時とは、全く違う心構えで臨まれたのでしょうか?
「『君たちはどう生きるか』はもう、“全体像を把握して演じる”という感覚ではなかったですね。そもそも物語自体がすごく難解ですし、自分でも完全には掴みきれないまま進んでいくような感覚でした。
ただ、あの作品では収録を1から順番にやっていったので、声優としての自分の成長が、そのままキャラクターにも重なっていったんです。だんだん上手くなっていく感じが“声”にも出ていて、それがそのままキャラの成長として伝わる。だから、あまり細かく意識しすぎずにやれたのが、逆によかったのかなと思っています」
―――『君たちはどう生きるか』に参加されたことで、ご自身の中で何が一番大きく変わりましたか?
「やっぱり、ひとつひとつの“表現の要素”を大切にしなきゃいけないなって強く思うようになりました。それまでは、どちらかというと“こういうふうに動こう”とはあまり意識しないタイプだったんです。でも、考えて動いた方が、もっといい芝居ができる可能性もあるんだなと、あの作品を通して気づきました。
特に声だけの演技って、顔の表情や身振り手振りが使えないぶん、ちょっとしたことで怒ってるように聞こえちゃったりする。だからこそ、声だけでもしっかりと感情を伝えられる役者になりたいなって、あのとき強く思いました」
―――今回の映画でも、山時さんの“声”がとても印象に残りました。特に木に登っているきょんくん(堀家一希)に語り掛けるシーンや、集会所のシーンにおける長セリフには、すっと胸に響くような力が感じられました。セリフの発声において、意識していることはありますか?
「発声自体を“こうしよう”って意識しているわけではないんですけど…大事にしているのは“誰に伝えるか”っていう距離感です。集会所のシーンなんかは、感情も相まって自然と声が大きくなったりはするんですけど、基本はその距離感を大切にしています。その上で、感情が乗れば自然と大きくなったり、逆に小さくなったりする。自分の声が“相手にどう届くか”を演じる場面ごとに脳が自然に判断している感覚と言いますか。お芝居をしているというより、今みたいに目の前にいる方と自然に会話をする。会話のキャッチボールをちゃんとするということを意識しています」
―――台本を読み込む段階で、トーンや声の出し方をある程度固めて現場に入る方もいらっしゃると思うのですが、山時さんはそれとは真逆のアプローチなんですね。
「そうですね。僕は極力固めずに現場に臨むのが好きです。台本を覚える時も、ぶつぶつ小声でつぶやく感じで、そもそも音読しないこともあります。大きな声を出すと家で迷惑をかけることもあるので(笑)。現場に入って、その場の空気感や相手との距離を見て、そこで自然に発声を決めていきます」
―――今日、演技に関するお話を伺っていて、山時さんが“作り物じゃない芝居”を大切にしていることがよく伝わりました。
「ありがとうございます。とはいえ、声優の経験から“技術的な引き出し”も大事だと気づいたので、今はどっちの視点も大切にしています」
今、やってみたい“背伸び”した役
―――最後に「映画チャンネル」にちなんで、今の気分で好きな映画を1本挙げるなら何を選びますか?
「『孤狼の血 LEVEL2』です。村上虹郎さんの役がやってみたかったです。ああいう作品を見ると、つい“この役をやりたいな”という目で見てしまうんです。作品としても好きですけど、“こういうテイストの作品やってみたいな”と思わせてくれた一本でした。今はちょっと背伸びしてでも、そういう役にチャレンジしてみたいです」
―――一観客として映画を“純粋に楽しむ”というより、どうしても芝居の視点で観てしまう部分もあるんでしょうか?
「そうですね、結構そういう見方になってしまいます。やっぱり芝居の細かいところとか、演出とか、つい気になって見てしまいますね。
最近観た作品だと『国宝』は本当にすごかったです。素晴らしかった。でも、こういうこと言うと『それはそうだろ』と思われてしまいそうですけど。でも、それくらい僕にとって感銘を受けた作品でした」
(取材・文:山田剛志)
スタイリスト:西村咲喜
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【了】