山下敦弘監督が語り尽くす、映画『リンダ リンダ リンダ』1万字インタビュー。青春映画の金字塔、知られざる制作秘話とは?

text by 山田剛志

青春映画の傑作『リンダ リンダ リンダ』の4Kリマスター版が8月22日(金)より公開される。今回は、山下敦弘監督にインタビューを敢行。幻のファーストシーンから現場での迷いや挑戦、そしてスタッフ・キャストとの化学反応について、たっぷりと語っていただいた。(取材・文:山田剛志)

「なんで俺なんだろう?」
予想外のオファーから始まった企画参加の経緯

山下敦弘監督 写真:NANA
山下敦弘監督 写真:NANA

―――今回4Kリマスターでよみがえる『リンダ リンダ リンダ』ですが、様々な点で山下監督の転機になった作品ではないでしょうか。本作の企画者であり、以降、山下監督と何度もタッグを組まれる根岸洋之さんと、初めてタッグを組まれた作品です。企画に参加された経緯から教えていただけますか?

「根岸さんが、僕の『リアリズムの宿』(2003)を観てくださったことがきっかけでした。その後、根岸さんが“エンジェル大賞”という企画コンペで大賞を獲っていた企画を映画化しようという流れになった。そのとき、監督を探しているタイミングだったらしくて、声をかけていただいたんです。

最初は正直、“なんで僕なんだろう?”って思いましたよ。『リアリズムの宿』とはまったくトーンの違う企画ですから。でも、声をかけていただいて、ありがたくお引き受けしました。2003年のどこかだったと思います」

―――その時、根岸さんと交わされた会話で、印象に残っていることはありますか?

「『リアリズムの宿』のことを“独特のリズム感がありますね”って言ってくださったんです。それを聞いて、“そうですか?”って、自分でもよくわかってなかったんですけど(笑)。当時の僕は、自分が女子高生の青春を描く映画に本当に合ってるのか、現場に入ってからもずっと『なんで俺なんだろう?』という疑問を持ったままだったと思います」

―――それまで男性を主人公にした作品をお作りになっていた山下監督にとって、『リンダ リンダ リンダ』は初めて女性をメインに描いた作品でもありますよね。キャスティングは、ある程度監督に任されていたのでしょうか?

「いえ、“みんなで決めた”という感じでしたね。当時の若い女優さんたちのライブや舞台を、根岸さんと一緒に観に行ったりして、とにかくたくさんの方に会ってから決めていきました。

“最初からこの人でいこう”と決めていたわけではなくて。ひとりひとりと会って、実際に話してみて、“この人かな”と判断していく、そういう流れでした」

――Base Ball Bearの関根史織さんも、その過程で見つけられたんですね。

「そうです。彼女がまだ高校生だった頃に、Base Ball Bearのライブを観に行ったんですよ。デビュー前で、まだインディーズ時代だったと思います」

――ペ・ドゥナさんのキャスティングについては、またちょっと違うアプローチを取られたと伺いました。

「そうですね。これはちょっと偶然も重なっていて。当時、僕はまだ大阪に住んでいたんですけど、京阪神エルマガジン社が出していた情報誌があって、そこで少しの期間だけ映画レビューの“星取表”を担当してたんです。そのときに観たのが、ポン・ジュノ監督の『ほえる犬は噛まない』(2000)。主演のペ・ドゥナさんのことを“この女優さん、すごくいいな”って思ったんです。

その後、映画祭を通じてポン・ジュノ監督と知り合う機会があって。ペ・ドゥナさんってやっぱり魅力的だなと思っていたので、企画が進んでいく中で“彼女にお願いできないかな”とプロデューサーに相談したんです。そしたら、『面白いですね』って言ってもらえて。その時点では脚本は日本人設定だったんですけど、そこから書き直して韓国から来た留学生という設定に変えました」

―――ちなみに当時、ペ・ドゥナさんが主演を務めたチョン・ジェウン監督の『子猫をお願い』(2001)はご覧になっていましたか?

「ちょうど僕が“ペ・ドゥナさんどうですか?”って提案したタイミングで、プロデューサーが彼女のことを調べてくれたんですよ。それで、“数ヶ月後に来日するみたいだ”って話になって。それが『子猫をお願い』のプロモーションのためだったんです。

確かそのときに観たのかな。ちゃんと覚えてないけど、たぶん観たと思います。ちょうどそういう時期でしたね。ペ・ドゥナさん主演作は、日本ではまだ『ほえる犬は噛まない』くらいしか公開されていなかった頃だったと思います」

「ああ、決め決めに撮ってるなあ」
幻のオープニング案と冒頭の数シーンについて

©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ

―――映画は、学園祭のプロモーションビデオという形で幕を開け、物語の合間にもビデオ映像が随所で挿入されていきます。これは山下監督のアイデアだったのでしょうか?

「うーん、あれは俺か向井(康介)か、どっちかのアイデアだったと思うんですけど…どっちだったかはっきり覚えてないんですよね。実は“幻のオープニング案”っていうのもあったんですよ。“ブルーハーツが結成された年に生まれた女の子たち”っていうコンセプトをもとにした案なんですけど。

どういうシーンかというと、地方の電器屋さんのショーウィンドウにテレビが並んでいて、そこに3歳くらいの女の子がいて、ボーっと映像を眺めている。テレビからブルーハーツの音楽が流れてきて、それを聞いた女の子が泣き出すっていう…そんなオープニングを考えていた時期があったんです。

で、そこから“十数年後”にジャンプして現在の物語が始まる…っていう構成だった。結局“ちょっと違うよね”って話になってボツになりました。その代わり、高校生たちがビデオを撮ってるっていう設定からスタートする形に落ち着いたんだと思います」

―――山下監督はキャリア初期からフェイクドキュメンタリーへの偏愛がありますよね。

「あのビデオを撮ってる高校生たちには、どこか自分たちの姿を重ねていた気がします。僕ら自身、高校時代は表舞台に立つタイプじゃなかった。そういう意味では、あのカメラを構える彼らは、ある種、自分たち自身を投影した存在だったかもしれません」

―――オープニングタイトルが示されたあと、学校の廊下を前田亜季さんが歩いていくシーンに移行します。彼女を真横から捉えた横移動のショット、とても印象的でした。山下監督の作品には、『リアリズムの宿』で男たちが交互に携帯電話を片手に前に出てくる冒頭のショットのように、映画好きがつい真似したくなるような演出が随所に出てきます。この横移動もまさにそのひとつだと感じたのですが、ああいったショットはシナリオ段階からすでにイメージがあるのでしょうか?

「うーん…正直、脚本にどう書いてたかはちょっと覚えてないんですけど、現場ではすごくこだわってた記憶がありますね。あのカット、完全に真横から前田亜季ちゃんと並走して撮ってるんですけど、僕が『絶対、真横がいい』って言い張って。カメラマンは『ちょっと斜めにした方いいんじゃない?』みたいな提案もしてくれたんですけど、『いや、真横で!』って。

廊下もそんなに広くなかったから、後ろに引けない状況で。だからもうギリギリの距離感でカメラを動かしてもらって。あの時は本当に、頑なに“真横”にこだわってましたね。今だったら、僕も『ちょっと斜めでいいか』って言っちゃうかもしれないけど(笑)」

―――このショットでは、教室の窓が映って、前田さんが立ち止まると会話が始まる。キャラクターを順々に紹介していくような構成ですが、複数の出来事を一息で見せる、素晴らしいショットだと思いました。

「今改めて観ると、なんというか…『ああ、決め決めに撮ってるなあ』ってちょっと照れくさくもあるんですけど(笑)。でも、あれはあれで若さというか、当時の“決めカットを撮るぞ”っていう熱量が出てて、可愛らしいというか…若いショットだったなって思いますね。たぶん今だったら、もっと細かくカットを割ってるかもしれません」

―――あの横移動のショットに関して、ウェス・アンダーソンの映画を意識したところもあったのでしょうか?

「いやいや、当時たぶんまだウェス・アンダーソンは観てなかったと思います。影響という意味では、どっちかっていうとポール・トーマス・アンダーソンのことは当時すでに考えていたと思います」

―――今回見直して、このシーンの時点で後半に大活躍する山崎優子さん演じる留年した生徒が既に登場していることに初めて気づきました。

「そうそう(笑)。ちゃんと映してます。ちゃんとクーラーボックスを持ってるみたいな」

―――本作では、メインキャラクターだけでなく、サブキャラクターも本当に魅力的ですよね。名前がついていないような登場人物まで、ずっと印象に残ります。

「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」

―――それから、子どもの演出がすごく自然で素晴らしいと思いました。

「子どもで言うと、ぺ・ドゥナの友達の女の子と、あと関根(史織)さんの役の周りに出てくる子たちですね。実は、関根さんの弟たちは、みんな俳優の笹野高史さんの息子さん3人なんです」

―――えっ、あの3人が笹野さんのご子息なんですか! あのシーンはとても短いけど、ずっと見ていたくなるくらい充実した場面でした。

「子どもの演出に関しては、自分ではそこまで特別に意識してたわけではないんです。でも、この後に『天然コケッコー』(2007)を撮るんですけど、脚本の渡辺あやさんが『リンダ リンダ リンダ』を観て『山下さんって、子どもの撮り方がなんか独特だね』って言ってくださったみたいで。気に入ってくれたというのを後々知りました」

初の35mm撮影で挑んだ画作りとスタッフとの関係性

©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ

―――本作では、カメラマンがそれまでタッグを組まれていた近藤龍人さんではなく、池内義浩さんが撮影を担当されていますね。

「はい。池内さんがカメラを担当してくれました」

―――近藤さんも撮影助手としてクレジットされていますが、どういった経緯でこの布陣になったのでしょうか?

「池内さんは、当時プロデューサーの紹介だったと思います。池内さんはそれまで、たむらまさきさんの撮影助手を務めていた方で、ちょうど“カメラマンとして本格的にデビューする”というタイミングでもあったんです。そんな中で、すごく良いカメラマンがいるということで紹介してもらいました。

それに、この作品は自分にとって初の35mmフィルム撮影ということもあって、撮影部には“ちゃんとしたプロの方に入ってもらいたい”という思いもあったので、心強かったです。一方で、近藤くんは撮影部の一番下、見習いというか、助手として参加してくれました」

―――カメラマンが変わっても、いつもと変わらない気持ちで撮れましたか?

「いや〜、やっぱり緊張はしてましたね。でも、この映画では撮影部のみならずほとんどのスタッフが自分より先輩だったので、ある種甘えたい気持ちもありつつ…いや、正直けっこう甘えてました。近藤くんとやってた時の方が、むしろお互いにバチバチやってた感覚があって。でも今回は、“プロの人たちが言うことをちゃんと聞きながらやろう”っていう気持ちが強かったと思います。

同級生の近藤くんは見習いとして現場に入ってたんですけど、めちゃくちゃ撮影部の先輩に怒られてて(笑)。それを横で見ながら、『うわ〜、やりづらいな〜』『同級生、怒られてんな〜』って思いながらやってたのは、今でもよく覚えてますね」

―――フレームは基本的には山下監督がお決めになっていましたか?

「いやもうフレームも基本、池内さんに。もちろん一緒に決めていましたけど。この作品はラストのライブシーン以外、絵コンテを描いてないんです。それまでは“監督はちゃんと絵コンテを用意しておかないといけない”って思い込んでて、事前に割としっかり準備していたんですけど。この作品では、現場で役者の芝居を見て、そこから『じゃあ、どう撮っていこうか』って決めていくスタイルを初めてちゃんとやったんです。

今ではもう、僕はほとんどそのやり方しかしてないんですけど、そのスタイルで撮った最初の作品が『リンダ リンダ リンダ』だったんだと思います。もちろん、たとえばさっき話に出た“廊下を真横から撮る”とか、特定のカットに対してはこだわってましたけどね。でも、これを機にあんまり画を決めなくなったっていう気がします」

―――なるほど。お話の流れと少し相反する質問になってしまうのですが、先ほど話題に上がった横移動の長まわしショットでは、教室の窓が“フレーム内フレーム”の役割を果たしていましたが、ぺ・ドゥナさんがバンドに誘われる重要なシーンでも、アーケードのような構造物がフレームを形作っていて、そこに彼女がフッと降りてきて枠に収まる。その構図が本当に素晴らしいのですが、ああいった“面白いフレーム”は、どのように発見されるものなんでしょうか?

「うーん…あのシーンはね、撮影した前橋工業高校の旧校舎の構造がまさにああだったんですよ。だから、もしかするとロケハンしてからシーンを書いたのかもしれないし、脚本とロケハンを並行して進めてたかもしれない。

そのあたり、正直順番はもう思い出せないけども、前橋工業の校舎って、僕らが撮影した2004年の9月の時点ではもう空いていたんですけど、その2ヶ月前、つまり7月までは実際に“現役の学校”だったんですよ。夏休みを機に別の場所へ移転したらしくて。それもあって、僕らが撮影したときはまさに“ちょっと前まで人がいた空間”という独特の空気感が残っていて、しかも、建物の構造自体が面白くて。中庭があって、その両脇に校舎があって繋がっていたりとか。そういう物理的な特徴が、自然と脚本や演出にも影響を与えた気がしますね」

―――ロケハンの際に意識されていることはありますか?

「もちろん、自分の中に“こう撮りたい”というイメージはあるんですけど、結構ね、美術部や撮影部の反応を気にしながら動いてます。

たとえば、美術の人って、興味ない場所だとほんとに動かないんですよ(笑)。『ん〜、どうですかね?』みたいな空気になる。でも、いい場所に出会ったときって、メジャーを出して測りはじめるんです。そうすると『あ、ここは美術的にも“撮れる”って判断されたんだな』っていうのがわかるんです。

撮影部も同じで、カメラマンが現場で『こっち行きますよね』ってスッと動き出したら、『あ、ここ気に入ってるな』っていうのが伝わってくる。逆に乗ってない時は、リアクションが薄い(笑)。だからロケハンって、各部署の“思惑”を感じながらすり合わせていく作業なんですよね」

「異常に緊張しながら撮った」
名シーンの撮影秘話

©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ

ーーーこの作品をきっかけに、画作りへのこだわりと、役者演出とのバランス感覚に変化があったとお話されましたが、この作品ではこだわられたフレームの中で、とても活き活きした役者の表情や運動が捉えられています。

「この映画って、物語の構造上“明確な主人公がいない”んですよね。そのうえで4人の調和が自然に生まれたらいいなと思っていたんです。ぺ・ドゥナさんは韓国からの参加だったので、彼女が合流するのは撮影の直前だったんですけど、それまではとにかく3人でリハーサルを繰り返しました。本当に、リハやりまくってましたね。

香椎由宇さんがたしか最初に決まったんですけど、その次の役を決めるオーディションのときも、香椎さんに来てもらって、相手役として手伝ってもらったんです。だから香椎さんなんて、撮影が始まる頃には『このセリフもう言いすぎて飽きてます』っていうくらいだったと思います(笑)」

―――この映画では、彼女たちの演奏の腕前が上達していく過程と、彼女たちの関係性が深まっていく過程が並行して描かれています。撮影は順撮りでしたか?

「厳密には順撮りではなかったですね。でも、当時、僕もまだ監督としては新人の立場だったので、現場がいろいろ配慮してくれて、大まかには順撮りに近い流れでスケジュールを組んでくれていたような気がします。ただ、最後のライブシーンは本当に最後に撮ったんですよ。撮影最終日に、体育館でライブを撮ったんです。これはほんと大きかった」

ーーーちょっとドキュメンタリーを撮っているような感覚もあったのでしょうか?

「いや、ドキュメンタリーを撮ってる感覚はあんまりなかったですね。むしろこの映画を作ったことで、リハーサルをやりすぎるのもよくないなっていう反省が残っていて。

たとえば、夜の屋上で4人がジュースを飲みながら他愛もない話をするシーンがあるんですけど、あのシーンを東京の会議室で何度もリハーサルしてたんですよ。その中に、ある瞬間“これめちゃくちゃいい!”って思えるタイミングがあって。でも、いざ現場で本番を撮ったら、『あれ?あのときのほうが良かったかも…』って思っちゃったんですよね。

つまり、“やり込みすぎてピークがリハーサルで来ちゃう”こともあるんだなって痛感しました。そこはやっぱり、難しいところだなと思います。もちろん、ドキュメンタリーっぽい自然な空気は目指していたんですけど、実際の制作はものすごく丁寧に下準備していたというか。現場の空気としては、かなりしっかり準備して整えた上で挑んでいました。

それは、プロデューサー陣の不安も大きかったと思いますし、僕がどういう風に作品を作るのか、まだ十分に信用していなかった時期でもあったと思います(笑)。だからリハーサルにもプロデューサーが立ち会って、みんなで見ながら意見を出して進めていくような感じでしたね」

―――屋上のシーン、とても素晴らしいと思いました。お茶がこぼれるアクシデントのような瞬間も含めて、あの一瞬にしか生まれない、かけがえのない空気が映っていると感じました。でも、そうした雰囲気も、実際はリハーサルを重ねて入念に準備されたことで醸成されたものだったのですね。

「そうですね。4人の掛け合いも含めて、かなり緻密にリハーサルを重ねていました。特に覚えているのは…あの夜の屋上のシーン、僕の中では『このテイクは香椎さんがめちゃくちゃ良いけど、前田さんの芝居をもうちょっと見たいな』とか、そういう風に演者ごとに良い瞬間が違っていて、ずっと延々と回し続けていたんですよ。

確かあのシーンは、35mmフィルムで3分くらいの長回しだったと思うんですけど、それを7〜8回くらい撮ったんじゃないかな。ロールチェンジ(フィルムの交換)も挟みながら、とにかく何度も繰り返し撮りました。

あの映画の中では珍しい“夜のシーン”だったので、時間的にもギリギリで、確か撮影が終わったのはかなり深い時間だったと思います。今だったらもうNGのラインですね。現場はピリついていたのですが、彼女たちの間に『私たち、もっとやれます』っていう雰囲気が生まれてきて。あのシーンは異常に緊張しながら撮った記憶がありますね」

―――先ほど、初めて仕事をするベテランスタッフに囲まれて、緊張しながら演出に臨まれていたとおっしゃいましたが、それでも「もう1回」と何度も言って粘るわけですから、山下監督は肝が据わっている…。

「『もう1回』って言ってましたね。いや、本当に贅沢なことなんですよね。フィルムだとコストもかかるし。スタッフたちも『こいつには何か狙いがあるんだろうな』って思いながら撮らせてくれたんじゃないかな」

―――結果的に、どうでしたか? 編集時にその素材を見返してみて。

「それが、結局どのテイクも成立してたんですよ(笑)。全部、ちゃんと使えるクオリティだった。だから今思えば、自分の中で何かに囚われてたんでしょうね。“もっと良くなるはずだ”とか“今じゃない”とか、そういう気持ちがあって。でも実際には、演者たちがすごく良い芝居をしてくれてたから、どのテイクでもOKだった。それはよく覚えていますね」

「すごく“素のぺ・ドゥナ”が出ていた」
ぺ・ドゥナとマンツーマンで作り上げたシーン

©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ

―――先ほど話に出たアーケードですが、物語の中盤でもう一度登場しますよね。ぺ・ドゥナさん演じるソンが、徹夜で練習し疲れたメンバーたちを部室に残し、一人体育館へ向かうシーン。久しぶりに本作を見直して、あのフレームの中でぺ・ドゥナさんが軽やかに踊るように駆け出す姿を観たとき、思わず涙が出ました。あのスキップのような動きは、彼女のインプロビゼーション(即興芝居)だったのでしょうか?

「スキップしながらっていうところまでは、こちらでもある程度考えていたんですけど、実際の演技はぺ・ドゥナさんに任せて撮った部分が大きかったですね。あのシーンは特に印象に残っていて。というのも、彼女は当時、日本語がそこまで得意じゃなかったこともあり、普段のシーンでは僕が香椎さんたちに直接演出できても、彼女には通訳を介さなきゃいけなかった。それがやっぱり、お互いにとってフラストレーションになっていたと思うんです。

でも、あの体育館のシーンとそこに向かうまでの移動シーンは、彼女が一人で動く場面だったから、僕とぺ・ドゥナさんで、マンツーマンで密に話し合いながらつくっていけた数少ないシーンなんです。彼女もそれを感じ取ってくれて、自然とスイッチが入ったというか…“今はしっかり監督と詰められる”という感覚があったのかもしれません」

―――体育館でソンが“メンバー紹介”のシミュレーションをするシーンも大好きです。日本で友達が出来た彼女の喜びがとてもよく伝わってきます。

「あそこでは、『ハングルではこういう言い方はしないので、ちょっと言い回しを変えてもいいですか?』と彼女から提案があって、かなり細かく打ち合わせをしました。それまでは4人のシーンが続いていたので、言葉の壁があってどうしても周りとの距離を感じていたと思うんですが、あの瞬間だけは彼女自身もすごくリラックスして演じられたんじゃないかと思います。

僕から見ても、あの瞬間だけ、すごく“素のぺ・ドゥナ”が出ていたというか、演技というより、25歳の彼女自身が一気に浮かび上がってくるような不思議な感覚がありました。日本語のときは、どうしてもカタコトになるので、それが可愛らしくもあり、幼く見えたりする。でも、母国語になると一気に“大人の女性”の顔になるんですよ。だから、あのシーンだけ彼女の見え方がガラッと変わって、なんか不思議なシーンですよね」

―――改めて見直して驚いた場面は他にもありまして、香椎由宇さん演じる恵が夢を見ているシーンって、よく見るとシーンを跨いで続いているんですよね。

「跨ぎましたね。確かに普通あんまないですよね」

――恵というキャラクターだけ、他のキャラクターに比べてサブストーリーが丁寧に盛り込まれている印象です。

「確かにそうですね。主役ではないんだけど、全体の軸になるのは恵だなって、どこかで思ってたんだと思います。今振り返ってみると、それは香椎さんの存在があったからかもしれません。彼女が最初にキャスティングが決まったこともあって、自然と彼女を軸にしたキャラクター作りが進んでいったような気がします。要はすごく頑固っていうか、コミュニケーションを取るのは上手くないけど1番優しい女の子、みたいなのを当時多分香椎さんに感じてたんじゃないかなっていう気はします」

―――先ほど、笹野高史さんの息子さんたちが出演された関根さんの家のシーンについてもお話がありましたが、他のキャラクターにもそういった背景やサブストーリーのようなものがあったのでしょうか? 脚本上では描かれていたけれど、最終的にはカットされたシーンなども。

「完全に撮ってカットしたっていうのは、あまりなかったと思いますが、脚本を書く段階で4人それぞれの背景は、向井と一緒にかなり考えていました。たとえば“どんな家に住んでいるか”とか、“どういう家族構成か”といった情報は、一応人物表を作って共有していたんですよね。脚本を書くときって、結局は自分たちの経験の範囲でしか想像できないところがあると思うんですけど、『なんとなく、こういう人いるよね』みたいな感覚で、向井と話しながら作っていった記憶が強くあります。

向井も僕も田舎育ちなので、ああいう地方にいるような家族像は、なんとなく共通のイメージがあったんですよね。たとえば香椎さん演じる恵の家は、すごく古い日本家屋で、90歳を超えたおばあちゃんと一緒に暮らしているという設定だったんですけど、それも向井と『こういうの、なんか面白いよね』って話していて。たしか、現場で探してもらったおばあちゃんに出演していただいたと思います。

ちょっと意外かもしれないけど、ああいうタイプの子のほうが家ではジャージ姿でいたりして、そういうギャップや空気感は、僕たち自身の記憶や経験から自然に出てきたものだと思います。前田亜季ちゃんが演じたキャラクターの家庭では、お兄さん役を近藤公園さんにお願いしました。兄に電話を邪魔されるシーンがあるんですが、あれも『あるあるだよね』って。彼女が電話してるのに、兄貴がちゃちゃ入れてきて、からかうような。ああいうのも、なんか昔を思い出して作ってた感じですね」

――今回、4Kリマスターで蘇りますが、そうした背景描写の細かさやディテールが、よりクリアに見えるようになっているのではないでしょうか。

「そうですね。やっぱり細かいところまでしっかり見えるようになっている気はします。もちろん、画がきれいになったからといって、印象がガラッと変わったわけではないですけど、より鮮明になったなという実感はあります」

――今回のリマスター作業には、山下監督も深く関わられたのでしょうか?

「いえ、僕自身ががっつり手を入れたというわけではなくて、まずはベースとなる仕上がりを技術チームに作ってもらって、それをプロデューサーと僕、それから撮影の池内さんで確認に行くという形でした。

修正もそんなに大きくは入れてないんです。ただ、4Kにすると思っていた以上に明るく見えるカットがいくつかあって、そこは『もうちょっと落としてください』とか、トーンを調整するようなお願いはしましたね。だから全体としては、2005年の公開時に観たときの印象を大切にしながら、細部を整えるという形に落ち着きました」

「スタッフ一人ひとりがキャラクターに愛着を持っていた」
助監督の一言が変えた、心に残るラストのセリフ

© 「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
© 「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ

―――『リンダ リンダ リンダ』を撮るにあたって、参考にされた作品や、撮影前に見直された映画はあったのでしょうか?

「わかりやすいところで言えば、最後の“雨降し”のシーンですね。あそこは完全に『台風クラブ』(相米慎二 1985)の影響です。スタッフ全員で集まって、あの映画を観た覚えがあります。『これ、めちゃくちゃ降らしてんな〜』とか言いながら(笑)」

―――これも改めて見直してみて思ったのですが、あの雨って、出番に間に合うかどうかというスリルを高めるだけでなく、ガラガラだった体育館に人が集まってくる大きなきっかけにもなっていますよね。

「そうなんですよね。実際、繋ぎで歌ってくれた湯川潮音さんと山崎優子さんのステージがすごく良くて。あの2人の演奏が想像以上に素晴らしかったから、結果として人が集まってきちゃった、みたいな。で、そこにタイミング良く雨が降ってくるという」

――改めて、本当によくできたシナリオだなと感じました。

「うーん(笑)、ありがとうございます。でも、雨に関しては…100%計算してたかって言われると、ちょっと自信ないですね。もしかしたら向井は、ちゃんと意図して書いてたのかもしれないです。“雨が降れば、みんな体育館に行かざるを得なくなる”っていう導線として。僕の記憶ではちょっと曖昧なんですけど、彼が狙ってたのかもなとは思います」

―――4人がびしょ濡れでステージに着いて、2曲目の演奏が始まると、絶妙なタイミングで無人の教室や廊下を捉えたショットが挿入されます。

「雨が降って、自然と人が体育館に流れ込んできて。逆に言うと、教室とか廊下にはもう誰もいなくなってる。確かにそういう流れになってましたね」

―――ラストの直前、前田亜季さん演じる響子が、小林且弥さん扮する大江くんに告白しようとして「言えなかった」とつぶやく場面がありますよね。あの2人の告白シーンは、実際に撮影されたのでしょうか?

「いや、あれは撮ってないんです。実は最初の脚本では、“言えなかった”ってセリフじゃなくて、“ダメだった”ってなってたんですよ。それを書いたのは向井なんですけど、現場で助監督をやってたサードの子が『これ、“言えなかった”の方がよくないですか?』って提案してくれて。で、みんなで話してるうちに『確かにそのほうがいいね』ってなって、撮影の段階で台詞を差し替えました。だから、あの“言えなかった”ってセリフは、助監督のアイデアなんです」

――この映画の現場は、山下監督にとってそれまでよりも“プロに近い体制”での制作だったと思いますが、それでも助監督さんが内容に関する提案ができるような、風通しのいい現場だったんですね。

「そうなんですよね。この作品って、明確な主人公不在っていうのもあって、撮影が早く終わると、ロケ地の近くの飲み屋とかでスタッフみんなで飲みながら、自然と“あの4人”の話になるんですよ。演出部とか、男のスタッフが『俺は響子がやっぱ可愛いと思うな』とか、『いや、俺は望派ですね』って盛り上がるんです(笑)。それくらいスタッフ一人ひとりがキャラクターに愛着を持って、推しを作って、応援してた感じがありました。

そういう空気を上手く作ってくれたのは監督補の大崎章さん。今では監督として活躍してる方ですけど、彼はもうズバズバ物を言ってくれる人で。良い意味で“座長”が不在の現場だったから、誰かに気を遣うこともなく、全員がフラットだったんです。

その雰囲気があったからこそ、例えばあのラストの“言えなかった”ってセリフも、助監督がふと『これ、こっちの言い方のほうがよくないですか?』って言えるし、現場全体で『たしかに!』って自然と受け入れられる。相当バタバタな撮影ではあったんすけど、スタッフ一人ひとりが映画について考えている現場でした」

「その瞬間、鳥肌が立った」
“終わりの気配”が漂うライブシーン

©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ

―――ラストシーンについてですが、当時のプレス資料には「演者やエキストラに委ねる形で決めた」とあります。山下監督ご自身の過去作の絶妙に煮え切らないラストと比べると、本作は異色の終わり方ですよね。撮る前に葛藤はあったのでしょうか?

「ありましたね。もうめちゃくちゃ迷ってました。当時、プロデューサーとかにも『やっぱり最後はちゃんとステージで演奏した方がいいです。その方がカタルシスがありますから』って言われて。でも当時の俺、“カタルシス”って言葉の意味がピンとこなくて、『え、カタルシスって何ですか?』って真顔で聞いちゃって(笑)。

で、説明を聞いて、ハッとしたんです。ああ、自分はこれまでずっと“カタルシスを外す”タイプの映画ばかり撮ってきたなって。観客の期待に対して、あえて“ズラす”みたいな。映画的なクライマックスとは違うところに着地したいという欲望があった。でも、自分が好きな映画を思い返すと、やっぱりちゃんとしたカタルシスのある映画って、心に残ってるものが多いんです。そんなこんなですごく悩みましたね」

――最終的に、あの形に決まったのは現場の力が大きかったのでしょうか?

「はい。覚えてるのは、最後の最後まで本当にグズグズ悩んでたんですよ。でも“演奏する”ってことに決めて、群馬の高校生たちがエキストラで来てくれて。その子たちに、『今から演奏が始まるから、盛り上がりたければ盛り上がってくれていいし、冷静に聴いてても構わない。君たち自身の気持ちで動いてくれたらいいから』って伝えて。

で、演奏が始まったら、本当に自然とみんなが立ち上がって、『ブルーハーツだ!』って盛り上がっていったんですよね。その瞬間、鳥肌が立っちゃって。ああ、これでいいんだなって」

―――相米慎二監督の『風花』(2001)のラストでは、小泉今日子さんが雪原で踊りますが、彼女が死ぬか生きるかっていうのを全く決めずに、現場で踊りを見て、どういう結末にするのかを決めた、というエピソードがあります。お話を聞いてそれを思い出しました。

「なるほどね。一方で、作っているときに明言したかどうかは覚えてないんですけど、撮り終えてから思ったのは、あの4人がラストで一緒に演奏するあの瞬間って、ものすごく美しくて感動的なんだけど、でも同時に、どこか“儚さ”みたいなものもあったんですよね。

突貫工事って言ったら語弊があるかもしれないけど、たまたま集まった4人で、最後に一曲やるっていう。その背景には、受験を控えた高校3年生としての時間の制約もあるし、そもそもクラスもバラバラで、普段からつるんでるような関係でもなかったりして。しかもぺ・ドゥナさん演じるソンは、韓国に戻る可能性もある。だから、あの瞬間はすごく美しいし、感動するんだけど、学園祭が終わったら、きっとまた別々の人生に戻っていく。たぶんもうそんなに会わなくなるだろう。そういう感覚がすごく強くあって。

恵だけは、もしかしたらソンの見送りに行くかもしれないな、とか。そんなイメージも浮かびました。だけど、あくまで彼女たちは“軽音楽部の仲間”であって、“一生の親友”ではないかもしれない。そう考えると、あの美しい演奏の瞬間は、逆に妙に切ないというか。

そういう感覚って自分がそれまでに作ってきた映画にあんまなかった気がしていて。この後も、彼女たちの楽しい日々が続いていく…みたいな映画じゃなくて、なんか妙に悲しい。あれは、撮ってみて初めて覚えた感覚でした」

―――確かに本作のラストはカタルシスよりも、その後に彼女たちが散り散りになっていくことが、じわりと感じ取れるようなものになっていると思います。

「なんとなくですけど、終わりの気配が確かに感じ取れる気がしますよね。自分たちの高校時代を振り返っても、やっぱりそうだったなと。もちろん、今でも仲のいい高校の友人っているにはいるんだけど、結局、人間関係ってどんどん“更新”されていくものなんですよね。あのときはあのときの友達だったな、みたいな感覚って自然に生まれてくるし、本人たちは意識していなくても、そうやって少しずつ離れていくというか。

だからこそ、あの最後のライブが成功してしまったことが、逆に“終わり”を感じさせてしまったところもあって。うまくいったからこそ、妙に寂しさが残るというか。もしあれが失敗に終わっていたら、それが逆に“続いていく理由”になったのかもしれない。でも、ちゃんと演奏できてしまったことで、もうそこで完結してしまったような感覚が残ったんですよね。それは狙ってやったわけではなかったけど、完成した作品を観て、初めて自分でも感じたことでした。

向井が書いた脚本の中にある“空の教室”とか“下駄箱”とか、そういった描写を見ると、もしかしたら彼はそういう余韻や“終わり”をうっすらと狙っていたのかもしれないですけどね。それも含めて、なんかすごく不思議な映画だなと思います」

―――作品への理解が深まるお話、ありがとうございました。

(取材・文:山田剛志)

8月22日(金)より、新宿ピカデリー、渋谷シネクイントほか、全国ロードショー

【作品情報】

リンダ リンダ リンダ 4K
ペ・ドゥナ 前田亜季 香椎由宇 関根史織 (Base Ball Bear)
監督:山下敦弘
主題歌:「終わらない歌」(ザ・ブルーハーツ)
三村恭代 湯川潮音 山崎優子(新月灯花/RABIRABI) 甲本雅裕 松山ケンイチ 小林且弥
脚本:向井康介 宮下和雅子 山下敦弘 音楽:James Iha
製作:「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ 配給:ビターズ・エンド
©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
2005/日本/114分/カラー


公式サイト
公式X @linda_4k
公式Instagram @lindalindalinda4k

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【了】

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