ハナの夢は幻想ではなくマルチバース?
世界映画の最先端に対抗する姿勢に胸を打たれる
ここまで女性キャスト陣の活躍について語ってきたが、まだ極めて重要なキャラクターに言及していない。それは、遠い未来からやってきたと思しき女戦士・ソラ(富永愛)だ。彼女は未来、現実、ハナの夢の世界を越境し、無限との戦いに身を投じる。
戦闘能力を持たないハナの代わりに敵に立ち向かうのがソラなのだ。中盤に登場して以降姿を見せないでいた彼女が、再登場する終盤のシーンは本作のクライマックスと言っても過言ではないだろう。
とはいえ、ソラの活躍は、素朴な疑問を引き起こす。彼女は未来からの使者であるのだが、なぜ過去の世界のみならず、ハナの夢の世界にも行くことができるのだろうか?
上述したように、敵キャラ・無限もハナの夢と彼女が生きる現実を自由に越境することができるのであった。劇中で明確には説明されないが、ハナの夢の世界は、睡眠中の彼女が見る幻想の世界ではなく、あり得たかもしれない可能世界、昨今流行りの「マルチバース」として解釈することもできそうである。
その点を踏まえると、ハナ、無限、ソラは複数の世界を越境できる特別な存在であり、3者が織りなすドラマを、今年のアカデミー賞を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』と比較してみたくもなる。
とはいえ、『エブエブ』ではマルチバースの存在を可視化するレーダーなど、随所で小道具を巧みに配置し、複雑な世界観を共有することに成功しているが、本作ではその種の工夫は見られず、知的興奮は比べるべくもない。
しかし、物語の斬新さや映像表現の革新性という面で、ハリウッドどころか韓国映画の後塵を拝する日本映画界において、目下のところハリウッド映画の最高到達点である『エブエブ』に対抗しようとする試みは、成否を問わず、尊重されるべきだろう。
紀里谷和明最大の野心作を観るために、ぜひスクリーンに足を運んでみてほしい。
(文・ZAKKY)
【作品情報】
原作・脚本・監督:紀里谷和明
出演:伊東 蒼、毎熊克哉、 朝比奈 彩、 増田光桜、冨永 愛、 高橋克典、 北村一輝、夏木マリ
撮影:神戸千木
照明:阿部良平
プロダクションデザイナー:赤塚佳仁(A.P.D.J)
衣装:福士紗也佳
衣装デザイン(老婆/小人/ソラ):丸山敬太
録音:島田宜之
音響効果:大塚智子
編集:江橋佑太 紀里谷和明
音楽:八木信基
装飾:坂本朗
製作:KIRIYA PICTURES
制作プロダクション:ブースタープロジェクト ポリゴンマジック
協賛:ORBIS ネスレ日本株式会社
配給:ナカチカ
2023 年/日本/135 分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
©Kiriya Pictures
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