テーマ曲は「カントリーロード」ではなく「翼をください」
ジブリ版『耳をすませば』の代名詞とも言えるのが、テーマ曲の「カントリー・ロード」だろう。聖司が弾くヴァイオリンに合わせて「カントリー・ロード」を歌っているところに、聖司の祖父とその友人たちが加わりセッションを繰り広げる場面は、劇中屈指の名シーンと言っても過言ではないだろう。
一方、原作コミックにおいて上記のシーンは存在しない。「カントリー・ロード」はアニメ版独自のアレンジ要素なのだ。したがって、アニメ版ではなく原作コミックの実写化である本作にも、当然のことながら「カントリー・ロード」にまつわる描写は一切登場しない。その代わり、実写版がフィーチャーするのが、合唱曲として有名な「翼をください」である。
ジブリ版の主題歌「カントリー・ロード」が、原曲である「Take Me Home, Country Roads」(カントリー歌手ジョン・デンバーによる1971年のヒット曲)の歌詞の一部に改変をほどこしているのはよく知られた話。「故郷への回帰」を歌う原曲に対し、ジブリオリジナルの邦訳では「故郷との決別」が歌われているのだ。その結果、聖司との恋を経て、少し大人になった雫の自立と旅立ちにエールを送る応援歌としてのニュアンスが生まれ、「カントリー・ロード」はアニメ版『耳をすませば』のテーマを凝縮した曲となった。
一方、実写版『耳をすませば』においても、テーマ曲と物語の内容は深くリンクしている。主人公である24歳の雫は編集者として働くかたわら、小説家デビューを目指して文学賞への応募を繰り返すが上手くいかない。仕事で重大なミスを犯すと、上司からは「二足の草鞋でやっていけるほど(編集者という職業は)甘くないぞ」と手厳しい一言。大人になった雫は、10年前に夢見ていた理想とはかけ離れた現実で葛藤する。
希望にみちた「過去」を思い出しながら、あるべき「理想」からかけ離れた現実に生きる雫は、イタリアで暮らす聖司(松坂桃李)と遠距離恋愛中である。24歳の雫は「過去」「理想」「恋人」という3つの要素から疎外された存在であり、疎外をいかに乗り越えるのかが、本作の大きなテーマとなっている。その点を踏まえると、随所で雫が口ずさむ「翼をください」という曲の印象はガラッと変わる。
あるシーンでは、イタリアに暮らす聖司のもとに飛んでいきたいという願いが込められ、またあるシーンでは、失敗を恐れずに「理想」へと邁進する「勇気」を持ちたいという意思が歌に込められる。実写版『耳をすませば』と「翼をください」の組み合わせを、アニメ版と「カントリー・ロード」の組み合わせに比べたとき、インパクトやエモさにおいてどちらに軍配が上がるか。好みが分かれるかもしれない。とはいえ、「翼をください」という楽曲が、実写版『耳をすませば』の物語を構成する上で欠かせないファクターであるという点は、押さえておくべきだろう。