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「春画が否定された頃、映画の歴史が始まった」映画『春画先生』塩田明彦監督、単独インタビュー。映画づくりに向ける思いを語る

text by 山田剛志

日本映画史上初、無修正での浮世絵春画描写が実現した異色の偏愛コメディ映画『春画先生』。今回は、本作の監督・脚本・原作をつとめた塩田明彦さんのインタビューをお届け。商業映画デビュー作である『月光の囁き』(1999)との繋がりから、細部の演出に至るまで、幅広くお話を伺った。(取材・文:山田剛志)

「一人の女性の人生が揺れ動く」
鮮烈なファーストシーンについて

宮城夏子
塩田明彦監督写真宮城夏子

―――今回の『春画先生』、塩田監督の過去作を想起させつつ、新境地を開拓していると思われる部分もあり、とても面白く拝見させていただきました。まず、春画が最初に登場するカットが素晴らしいと思いました。弓子の視線に導かれる形で春画が映され、地震でそれがグラグラ揺れる! ファーストシーンはどのような狙いでお撮りになったのでしょうか?

「シナリオを書いている時に、“一人の女性の人生が揺れ動くのだ”と単刀直入に思い、ト書きをまず書いたんですね。『まさにその瞬間に揺れ動いたのです』と。『揺れ動くのかぁ。それなら地震だ』と思って。地震大国である日本の話だし、これはコメディの出だしとしてはいいなぁと思い、地震の最中にヒロインと春画が出会うというシーンを書いてみたんです。

ただその時はシナリオとしていい出だしになったという感触があったのだけれども、春画が揺れているイメージを具体的に思い描けてなかった。撮影の際に、揺れている瞬間を見た時は爆笑でした(笑)。『これ、こんなに面白かったんだ!』と」

―――地震が収まった後、弓子を捉えた引きのショットで背景の絵が傾いていて、彼女の存在する世界そのものが変容してしまったという感じもよく出ていると思いました。

「撮影中はそこまで考えていなかったけど、言われてみると確かにそうですね」

―――本作では随所で内野聖陽さん演じる芳賀が春画を解説するシーンがあり、言葉によって絵の見え方が劇的に変わります。また、本作では芳賀のメモが直接画面に映し出されます。塩田監督の作品をずっと見てきて、主人公・ハルの紡ぐ言葉が画面に映し出される、『さよならくちびる』(2019)辺りから、言葉が映像にもたらす力を積極的に映画に導入しようとされているのかなと思っているのですが、いかがでしょうか?

「それは『さよならくちびる』というよりかは、『抱きしめたい-真実の物語-』(2012)から考えていたことかもしれない」

―――北川景子さん演じるツカサが亡くなった後に字幕がパッと出るのが印象に残っています。

「そうですね、ラスト以外にもツカサが書いている日記の抜粋も随所で挿入していて。それによって大きな出来事が頻繁に起こるわけではないストーリーに、色んなエモーションの起伏を付けていきました。この発想の大元は多分、エリッヒ・フォン・シュトロハイムなんですよね」

―――『グリード』や『愚かなる妻』で知られるサイレント期の映画作家ですね。

「正確に引用はできませんが、どこかのインタビューでゴダールが次のように言っているんです。『字幕を単なる文字情報じゃなく、一枚のカットとして扱うのだ。そのカットが入るか入らないかで、前後のカットが変わる。それをシュトロハイムはやっているんだ』と。

実は僕、ゴダールの言葉を知る以前に、シュトロハイムの作品を観ながら、『字幕の使い方がすごく上手い』と感じたことがあって。単にセリフを喋っている人の映像に、発話の内容が文字として出てくるというような通常の字幕の使い方と違うんですよね。突然、映画に対してコメントが入ってくるような、ナレーション的と言えばそうなんだけど、“ここでこの情報を出すとグッと来る”といった、非常に盛り上がる字幕の出し方をするんです。それ以来、ああいう字幕の使い方をどこかで意識している」

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