宮崎駿が『君たちはどう生きるか』に込めた思い
このドキュメンタリーは、単なる、『君たちはどう生きるか』のメイキング映像ではなく、実際には「高畑勲の影を追いかけ続ける宮崎駿の物語」だったことに気付かされる。
しかし、宮崎駿による『風の谷のナウシカ』に高畑が付けた評価は「30点」。それを聞いた宮崎は怒り狂ったと鈴木が述懐する。高畑の意図は、あと70点の伸びしろを期待してのものだった。
鈴木は言葉を続ける。「宮崎の引退宣言に、高畑は“映画監督に引退なんかない!”と怒っていた」というのだ。そして、導かれるように、宮崎は映画界に舞い戻ってくる。
『君たちはどう生きるか』の登場キャラクターには、「宮崎=眞人、鈴木=青サギ、高畑=大叔父」が投影されているという。
つまり、映画のラストシーンである、眞人が大叔父からの後継ぎの求めを蹴って、元いた世界に戻るというシナリオは、宮崎が高畑との決別の思いを表現したものだったのだ。
このシーンのアフレコの際、宮崎は、大叔父の声を務める火野正平に、何度もダメ出しをし、何テイクも繰り返させる妥協のない姿を見せている。それほどまでに、思い入れの強いラストシーンだったのだ。
作品の中で高畑を“殺した”宮崎は自分が思うような線が引けなくなる。高畑の呪縛が解けた宮崎は「ただの人」になってしまったのだろうか。
宮崎は「描けなくなったんじゃなくて、前から描けていなかったんじゃないか」と感じる。
宮崎は「こんな時、パクさんなら何て言うだろう…」と語り、「パクさんに会いたい。会って話がしたい」と漏らす。果ては、消しゴムを無くし、探し続ける宮崎は「パクさんが持ち去ったに違いない」と言い出す始末だ。
宮崎は、執念深い人間だ。それは鈴木に「宮さんは“乙事主(『もののけ姫』に登場する猪神族のリーダー)”だ」と言わしめるほどだ。
“青サギ”である鈴木の手によって、新作を描くレールを敷かれ、それによって、『君たちはどう生きるか』を完成させた宮崎。その傍らには常に高畑の幻影があった。