ホーム » 投稿 » 日本映画 » 劇場公開作品 » 「全シーン『心で泣いてくれ』と言われた」映画『i ai』主演・富田健太郎、単独インタビュー。マヒトゥ監督に分身を託されて » Page 2

「象的な詩に具体性を与えて観る人の心に伝えるって凄いこと」
マヒトゥ・ザ・ピーポーが紡ぐ詩のようなセリフに応える

写真:宮城夏子
写真宮城夏子

――今回、森山未來さんを始め、錚々たるキャスト陣が集う中、主演を務めるのは相当な重圧だったのではないかとお察しします。現場ではマヒトゥ監督の演出に対して富田さんがアイデアを提案することもありましたか?

「最初は本当に言葉が出てこなくて、不甲斐なかったんです。不安な中で戦っていたので、自信もなかったし、付いていくのが精一杯で。『この芝居で合っているのかな? どうなんだろう』という思いが、劇中でコウが抱く感情とリンクしていたと思います。

マヒトゥさんの演出や共演者のお芝居、新しい景色に触れて、間違いなく自分の心が変わっていくのは感じていたんですけど、それを適切に表現する言葉が出てこなくて。傍目からは思考がストップしているように見えるけど、頭の中はずっと回転しているみたいな。

その矛盾している状態が自分の中で不愉快で愛せなかったんですよね。でも途中から、だんだんとそういう状態を受け入れるといいますか、愛せるようになりました。悩んだりすることを嫌う自分がどこかにいたんですけど、それこそまさに自分に課したルールに囚われているのであって…」

――それまでに蓄積されたご経験が、自分を縛る枷にもなっていたと。

「周りからどんな風に思われているのかとか、そういうちっちゃいことにこだわる自分がいて、それが嫌悪感を形作っていたのですけど、マヒトゥさんや、撮影の佐内正史さん、森山未來さんをはじめ、この映画に関わる人たちの作品に込める切実な想いをひしひしと感じて、それが塊になってのしかかってきた時、小さいことにこだわっている自分のままじゃダメだなと。

『よし、今の自分の状態ととことん向き合おう』と途中からスイッチを入れ替えることができました。有り難いことにそれをマヒトゥさんは信じてくれて。本当に救われましたね」

―――今回、森山未來さんは富田さん演じたコウに絶大な影響を与える存在であるヒー兄を演じています。森山さんのお芝居が放つ熱気とそれを受ける富田さんのお芝居のコントラストに目を惹かれました。森山さんの演技を間近で体感されていかがでしたか?

「未來さんはただ普通に過ごしていて、画面に映っているそのままの感じなんですけど、どこか掴めなくて。『あれ、今、未來さん何考えてるんだろう』と思う瞬間が何度もありました。

もしかしたら、言葉じゃなくて背中でこの映画でどう存在したらいいのかをずっと示し続けてくれていたのかもしれません。実は最初、未來さんはヒー兄とコウの距離感をもっと遠くしようとされていたみたいなんですけど、現場で僕のことを見てアプローチの仕方を変えたっていうのをマヒトゥさんから聞いて凄く嬉しかったですね」

―――富田さんから見て、役者・森山未來の凄さはどんなところにあると思いますか?

「未來さんは見ている景色が他の人とは全く違うなと思いました。僕は現場で目の前のことしか考えられなかったし、目を向けることしかできなかったけど、未來さんはもっと奥を俯瞰して見ているといいますか…ヒー兄と通ずる部分があるなと。

人に影響を与えるために自分はどうあるべきか、といった凄く広い視野で物事を見てるのかなあと感じました。それに加えて、例えば“死”に対する考え方、マヒトゥさんが書いた詩のような台詞の咀嚼力、それを体現する力、すべてが衝撃的でしたね。抽象的な詩に具体性を与えて観る人の心に伝えるって凄いことなんだなって、改めて感じました」

―――本作のセリフが詩的であるという点で言えば、登場人物が発する言葉が対話のツールであると同時に、それぞれの精神性を表した詩(詞)になっていて、映画全体が一つの楽曲として構成されているように感じました。これまでに参加されてきた作品とは異なるセリフの在り方に戸惑われたのではないでしょうか?

「そうですね。撮影時は、詩的なセリフを自分なりに理解しようとしたんですけど、正直、わからないで喋っている部分もあったんですよ。でも、完成した作品を観ると、よくわからないで発声していた言葉が、ある種の実感を伴って胸に響くことに我ながら驚きました。

マヒトゥさんがよく言うのですけど、『脳みそで考えて言葉を発するのが普通かもしれないけど、吐き出した言葉に引っ張られて自分の感覚がそれに追い付いていくような現象もあるよ』と。言葉が行動を超える時もあるし、言葉が先行して感情が後から追いついていくようなこともある。身をもってそれを知りました」

1 2 3