客観的なカメラが描いた「あんのこと」
――今回の作品は、カメラ自体も傍観者に徹していて、タイトル通り杏の身の回りに起きた出来事を淡々と切り取っている印象がありました。こういった演出は、従来の入江監督の作品の演出とは一線を画しているように思えるのですが、意図的なものでしょうか。
「そうですね。僕は世代的に、タランティーノとかスピルバーグに代表されるような、映画ならではの技巧を凝らした作品が好きで、今回のような手持ちカメラを主軸とした撮影はどちらかというと自作では避けていたんですよね。ただ、今回の作品は杏の感情が軸になっているので、観客の視線を誘導するような演出や技巧を凝らした演出を排した素朴な撮り方を採用しました。
今回、シンガポール在住のカメラマン・浦田秀穂さんに撮影をお願いしたのですが、彼は手持ちカメラがとても上手いので、基本的にカメラワークに関しては浦田さんにお任せして、自分は役者の演出や場を作ることに専念しました」
――本作はドキュメンタリータッチである一方、重要なシーンでは杏の主観ショットで、彼女の見ている景色が登場する印象があります。このあたりは監督ご自身の指示でしょうか。
「そこはかなり浦田さんと話し合いをしましたね。作中の設定は2020年なんですが、杏が見ている光や風を通して、コロナ禍の時の圧迫感やコロナ明けの急な解放感を描くように心がけました」