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入江悠が描く「家族」のジレンマ

写真:武馬玲子
写真武馬玲子

――入江監督はこれまで、『SRサイタマノラッパー』(2009)や『ビジランテ』(2017)など、郊外の人々が抱えている疎外や孤独を描き続けてきました。こういったモチーフは、本作にも引き継がれているように思います。入江監督ご自身も、神奈川県横浜市に生まれ、埼玉県深谷市で育っていますが、ご自身の生い立ちと作家性の関わりについてはどのようにお考えでしょうか。

「あまり意識したことはないですが、確かに新宿や渋谷といった大都市を描けと言われると少し戸惑います。例えば今回の作品の場合、元となった事件は池袋で起きているんですが、映画では、埼玉により近い赤羽を舞台にしました」

――赤羽と池袋は距離にして10㎞ないくらいなんですが、少しずれるだけで雰囲気が変わるのは面白いですよね。

「そうですね。都市圏の場合、数十キロ離れるだけで鉄道社会から車社会に代わったりする。そういった微妙な違いは自分のフィルモグラフィにもあらわれているかもしれません」

――今回の作品では、「家族」も大きなテーマになっていますよね。実際、杏は機能不全家族で育っていますし、作中に登場するサルベージにも擬似家族的な側面があります。是枝弘和監督の『万引き家族』(2018)やポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(2019)など、「家族」というテーマは近年映画界で大きくクローズアップされていますが、入江監督は、「家族」についてどうお考えですか。

「僕自身、平凡な家庭で生まれ育った人間なので、正直家族というものにそこまで強い問題意識は持っていなかったんですが、よくよく考えると、僕らの世代って昭和の三世帯家族をぎりぎり体験している。一方で、同性婚などの家族像の変化というのはリアリティがあるものに感じていて、そういったことに対して無頓着で良いはずがないという思いもあります。

ただ、僕はもともと集団とかコミュニティが苦手なので、どちらかというと家族的な価値観からもできるだけ自由でいたいという思いが強いかもしれません」

――確かに、逃れられない家族の怖さは、本作にはっきりと出ていますね。

「そうですね。ただ、一人だとやっぱり生きていけないし、寂しいので、結局家族のもとに戻ってしまう。僕にとっての家族は、そういうジレンマを抱えた共同体なのかもしれません」

――最後に、この作品を、どういった方々に観てもらいたいですか。

「特定の層のお客さんに向けて、こう観ていただきたいという意識はないんですね。というのも、初めに話したように、この作品は、コロナ禍で亡くなった友人に何もできなかったという個人的な動機がきっかけになっています。なので、逆にいえば、観客の皆さんもそれぞれの見方で好きなことを思っていただいていいのかな、と。

しいて言えば、作中に登場する杏というのは全然特別な存在ではないと思っていて、中には家庭に何かしらの問題があったり、子育てで悩んでいたりという方はたくさんいらっしゃると思うんです。なので、この作品が、そういった方々に気を配るきっかけになればと思っています」

(取材・文:司馬宙)

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