在日外国人が直面する苦難を活写
「観る人が考えを深めるきっかけにしたい」
映画『ファミリア』は、広大な敷地を誇るマンモス団地を上空から見下ろすカットで幕を開ける。ロケ地となった愛知県豊田市の保見団地は、全住民(8000人)の半数以上がブラジル人など日系南米人。父と子の物語に加え、在日外国人が直面するアクチュアルな問題をドラマに組み込んだのは、いかなる理由からだったのだろうか。
「プロットに着手した2014年頃に、たまたまテレビで在日ブラジル人労働者に密着したドキュメンタリーを観たんです。保見団地を有する豊田市は、僕が生まれ育った瀬戸市の隣。もちろん、団地の存在は以前から知っていました。しかし、身近な場所にあったはずなのに、保見団地と他の居住域が、上手い具合にゾーニング(区分け)されているのもあって、接点がなかった。そんな折、ドキュメンタリーで在日ブラジル人コミュニティの実態を知って衝撃を受けたんです。ちなみにこれは後日知ったのですが、伊藤プロデューサーも、同じ番組を観ていたらしく、同じくショックを受けたそうです」
いながき氏は成島監督、伊藤プロデューサーと共に、シナリオハンティング(シナリオを描くための取材)を行うことに。ロケ地となった保見団地に加え、群馬県・大泉など、在日ブラジル人が多く暮らす地域に足を運んだ。いながき氏は取材を通して、貧しい生活を強いられている在日ブラジル人のリアルな声を聞いた。
「プロットの段階で、主要人物の一人であるマルコス(サガエルカス)の父親が自殺したという設定はあった。だけど、書いていても正直、実感は持てずにいました。在日ブラジル人が生きる過酷な現実を、口当たりの良いフィクションに置き換え、消費の対象にしているのではないか。そんな恐れもあって、取材を重ねるたびに当事者にプロットを読んでもらいました。僕も不安だったので、『上から目線になっていない? やり過ぎてない?君たちをステレオタイプに押し込めてない?』と訊いてまわったのですが、その度に『映画のために作った話とは思えない。すごくリアルだよ』という感想をいただきました。元々準備していた設定や台詞ではあるけれど、当事者に目を通してもらい肯定的な言葉をもらえたことで、物語の強度がすごく増したと感じています」
現在、日本国内には沢山の外国人が住んでいる。都心のコンビニを利用すると、かなりの割合で接する機会がある。それにもかかわらず、日本映画は今まで、国内で暮らす他民族の存在に十分に目を向けてこなかった。
「『ファミリア』で描かれている人種間の軋轢とか、不寛容がもたらすトラブルって、ズバッと言いますけど、半分くらいは政治の責任だと思うんですよ。働き手が足りないというので海外から貧しい人を呼び、決して高くない給与で働いてもらって、自国が貧しくなったら帰っていただくなんて、人道的にあり得ないと思います。映画を通して政治的なメッセージを声高に訴えたいわけじゃありませんが、在日外国人が生きる上で直面する苦難をつぶさに描くことで、彼らを取り巻く制度や政治が抱える問題について、観る人が考えを深めるきっかけになるような作品にしたかった」
いながき氏が書き上げた脚本のもと、映画は2020年3月にクランクインするも、コロナ禍による緊急事態宣言を受けて中断。翌2021年11月に撮影が再スタートし、同年12月クランクアップを迎えた。現場には一度だけ足を運んだという。
「役所広司さんのクランクアップの日でした。僕は制作現場でも働いたことがあるんですけど、一流の役者さんって、現場でオーラを消しているんですよ。完璧にその場の一部と化している。『ファミリア』の現場における役所さんがまさしくそうでした」
少年の頃から「役所さんが出演する映画に夢中だった」と語るいながき氏。映画の世界を目指すきっかけとなった名優に、自身の父親を投影したキャラクターを演じてもらった。
「脚本の決定稿が完成し、撮影がスタートしても、僕は正直、誠治というキャラクターを完璧に造形したという自信を持てないでいたんですよ。孤児として育ち、人付き合いの苦手な男が、見ず知らずのブラジル人青年のために命を懸けるなんて、普通じゃ考えられない。どれほど言葉を尽くしても、どんなに巧妙に構成を練っても、やっぱりそこが不安でした。でも、完成した作品を観ると、成島監督の演出と役所さんの演技によって、誠治の行動のすべてには説得力が宿っていた。本当に素晴らしいと思いました」
いながき氏がプロットを書いてからおよそ8年。映画『ファミリア』は全国のスクリーンでお披露目となる。
「率直なところ完成するとは思っていませんでした(笑)。だってこんな題材だし、正直な話、企画に手を挙げてくださらなかった映画会社も多かった。そりゃそうですよね。一方で、手を挙げて下さった方も沢山いて、中でも、主演の役所広司さんと成島出監督の存在は大きかった。僕自身、完成した作品を観て、自分が書いた物語なのに、不覚にも感動してしまいました。そんなこと滅多にありません。今はただ多くの人に観てほしい。その一心です」
(取材・文:山田剛志/映画チャンネル編集長)
【作品情報】
『ファミリア』
監督:成島出
脚本:いながききよたか
製作総指揮:木下直哉
製作:野儀健太郎
プロデューサー:伊藤伴雄
撮影:藤澤順一
出演:役所広司、吉沢亮、サガエルカス、ワケドファジレ、中原丈雄、室井滋、アリまら
い果、松重豊、MIYAVI、佐藤浩市
製作委員会:木下グループ フェローズ ディグ&フェローズ
制作プロダクション:ディグ&フェローズ
配給:キノフィルムズ
©2022「ファミリア」製作委員会
映倫:PG12
2023年1月6日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
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