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「それは音央さんのスタイルだと思います」
あえて表情を映さない演出があぶり出すもの

写真:武馬怜子

写真:武馬怜子

―――ユウタとコウは物語が進むにつれてすれ違いが顕著になりますが、個人的には両者が決定的にすれ違うのは、校長室に立てこもる同級生のもとへ駆け付けるため、コウが仲間とのパーティを抜け出すシーンにおいてだと思いました。ミラーボールの灯に照らされた部屋でコウとユウタが黙って見つめ合うカットが一瞬だけ入りますが、現場では続きの芝居を撮っていたのでしょうか?

日高「ここは見つめ合って、僕が出て行くというだけで、現場でもセリフはなかったです。この直前のシーンでユウタはコウが自分に対してどう思っているのか、初めて本音を聞く。コウの方でも自分の言葉がユウタの耳に入ったかどうかはわからないけど、気まずさがある。

現場ではやぴーは、音央さんから『何か言いそうだけど、言わない。そんな表情を作ってほしい』と言われていて。実際このシーンではやぴーは、今にも泣き出しそうな切ない表情をしていました。それでも僕は行かなきゃいけない、残酷ですけど」

栗原「ユウタとしては、コウが何か言ってくれるんじゃないかと待っている。受け身の感覚だったんですよね。またこっちに戻ってくるんじゃないかという期待もあって」

―――日高さんは先ほど、現場で栗原さんと対峙して、切ない表情が印象的だったとおっしゃいましたが、カメラは暗がりに立つ2人を引きで撮っています。コウから見たユウタは素晴らしい顔をしていたと思うのですが、それをあえて映さないでおくことで、映画が情緒や意味で重くなるのを回避しようとしたのではないかと、観ていて思ったのでした。

日高「今回、音央さんの映画に出演させていただくにあたって、過去の短編作品を見させていただいたんですけれど、どれもやっぱり、言葉で直接伝えるんじゃなくて、見終わった後に観客にメッセージを考えさせるという作品になっていて。

わかりやすいハッピーエンド、バットエンドでもない。それは音央さんのスタイルだと思います。あのシーンでも“観客に考えてもらう”という音央さんのスタイルが出たのかもしれません」

―――もし自分が監督だったら、目の前にこんなに素晴らしい顔があったなら、ついついクロースアップを撮ってしまいたくなると思います。音央監督は、映画全体のバランスを鑑みて、ロングショットを選択されたのかもしれません。

日高「喧嘩のシーンも引きの映像ですよね」

栗原「登場人物の感情が沸き立っているシーンこそ引きで撮っている印象があるかも」

日高「そうだね。役者の表情や身体の表現を大事にすると同時に、背景を含めたその場の雰囲気と人物同士の距離感とか、全部込みで味わってほしいということだと思います。まだ僕の俳優としてのキャリアは始まったばかりですが、演技のことを学ぶ上ですごく勉強になった現場でした」

栗原「贅沢な現場だったよね」

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