撮られる側と撮る側の微笑ましい距離感
「五香宮の猫」というタイトル以外、何の前情報も入れずに鑑賞した私も最初は掴み所のないままロッククライミングをしているような、ミステリートレインにでも乗っているような気分だった。それでもスクリーンに映し出される瀬戸内海の穏やかな海。美しい自然。漁師町で生きる猫たち。旅情溢れる光景に心癒やされているうちにその向こうに見えてくるこの町の混沌にフォーカスが合ってくる。
牛窓の路上に生きる猫たちに癒やしを求めて餌やりなどに訪れる人々。一方で住民からは糞尿に対する苦情もある。猫があまり好きではない住民もいれば、繁殖力の高さから数が増え過ぎるのは困るという住民もいる。町内会で対策を話し合う様子。共生策としてTNR(不妊去勢手術を行った上で元の場所に戻す)を実施する為の捕獲活動が繰り広げられていく。
プロデューサーの柏木さんも住民のひとりとして捕獲に関わっていく。想田さんは夫として寄り添いながら、同時に監督としてカメラを向け続ける。文化人類学における参与観察。映画を撮る側の二人も観察の対象として作品の中に取り込まれていく。住民から「これ映画になるの?」という雑談交じりのやりとりもそのまま作品に残っているのが撮られる側と撮る側の微笑ましい距離感を象徴している。