誰もいらないアベノマスク…
社会への皮肉を込めた愛すべき描写に注目
作中、花子はカメラを通して見える“本音”にこだわっていた。だから私も文章を通して本音を書こうと思う。
アフターコロナの現在を舞台にした本作は、まずマスクの下に隠されていた本音にフォーカスをあてる。
花子は念願だった映画監督デビューのため、どんなに理不尽に虐げられても笑顔で感情を噛み殺す。しかし正夫と出会ったバーで2人がマスクをはずし、向き合うシーンではむき出しの感情が溢れ出す。その時の松岡茉優の恍惚な表情に艶っぽさは筆舌にしがたい。それから、映画は全速力で走り出す。
以降の展開は圧巻だ。花子が持つ圧倒的なパワーと、それを引き出しては受け止める窪田の連携によって物語が熱を帯びてくる。
1つ1つのセリフや、登場人物の動きにいっさいの“嘘”がなく、本音のみが持つ美しさが際立つ。先のページで述べた通り、石井監督は花子のセリフに本当の自分の感情を込めていたのだった。
一方、アツい展開のみならず、皮肉の効いたセリフや設定も本作の魅力である。
窪田正孝演じる正夫は、アベノマスクをつけ、何枚も持ち歩いている。国民に1人1枚配られたものだが、誰も必要としていなかったからそれをもらっていたというのだ。
そしてアベノマスクをつけた窪田正孝がダサい。そのダサさたるや、もし目の前に窪田正孝が現れても蛙化してしまうのではないかと思うほど。
とはいえ、窪田が身を呈してアベノマスクをつけていたのは、有効性のない政策に何億もの税金を投入した政府に対する、ちょっといじわるな反撃なのではなかろうか。彼の行動からは絶妙な皮肉が感じ取れる。
さらに、10年ぶりに家族と再会を果たしてからの、ポップでユーモラスな展開も非常に魅力的だ。
狙った笑いではなく、家族の前で無遠慮になる瞬間における“”人間の素の面白さ”。そこを突いてくる石井監督のひねくれたセンスと、膨大なセリフ量と湧き上がる怒りをコントロールしてシーンを盛り上げる役者たちの力技にただただ感服する。
本作は“家族の物語”や“愛の物語”といった既存の枠には収まらない、人間の”いびつ”で歪んだ部分、デコボコな人生模様が力強い筆致で描かれている。そして終映に近づくにつれて、『愛にイナズマ』というタイトルの意味を理解する時、言いようもない喜びがこみ上げてくるのを感じる。
本作は、今年、筆者が最もお勧めする映画の1つだと断言する。スクリーンから発せられる情熱を目一杯浴びることができる映画館でこそ、ぜひ観てほしい。
(文・野原まりこ)
【作品概要】
松岡茉優 窪田正孝
池松壮亮 若葉⻯也 / 仲野太賀 趣里 / 高良健吾
MEGUMI 三浦貴大 芹澤興人 笠原秀幸 / 鶴見辰吾
北村有起哉 / 中野英雄 / 益岡徹
佐藤浩市
監督・脚本:石井裕也
主題歌:「ココロのままに」エレファントカシマシ (ポニーキャニオン)
プロデューサー:北島直明 永井拓郎 中島裕作
音楽:渡邊 崇
製作:沢桂一 ⻑澤一史 太田和宏 竹内 力 エグゼクティブプロデューサー:飯沼伸之 撮影:鍋島淳裕(JSC) 照明:かげつよし 録音:加藤大和
美術:渡辺大智 装飾:塚根 潤 ヘアメイク:豊川京子 衣装:宮本まさ江
編集:早野 亮 視覚効果:若松みゆき 音響効果:柴崎憲治 助監督:塩崎⻯朗 坂⻄未郁 制作担当:岡田真樹 プロダクションマネージャー:原田博志
製作委員会:日本テレビ放送網 HJ ホールディングス 東京テアトル RIKI プロジェクト
製作幹事:日本テレビ放送網 制作プロダクション:RIKI プロジェクト 配給:東京テアトル
2023年/日本/2時間20分/カラー/シネマスコープ/5.1ch ©2023「愛にイナズマ」製作委員会
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