「丁寧な暮らし」という虚像
Ⓒ2013吉田修一/新潮社Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会
夫の実家の敷地内に建つ”はなれ”で暮らす初瀬桃子(江口のりこ)は結婚して8年。義母から受ける微量のストレスや夫の無関心を振り払うようにセンスのある装い、手の込んだ献立など「丁寧な暮らし」に勤しみ毎日を充実させている。
その背中には「居場所」を守ろうとする切実さが漂っている。母屋に住む義母のゴミ出しを請負い、ゴミ集積所が荒れていれば片付け、近所に住む外国人労働者に「おはようございます」と挨拶をする。パートで講師を務める手作り石鹸教室では新たな企画提案もする。
そうやって頑張れば頑張るほど居場所にしがみつこうとする者特有の哀愁を読み取ってしまうのだ。それは彼女がしばしば覗かせる失望と喪失感のせいでもあるのかもしれない。
その居場所を少しずつ削り取っていくように周囲で不穏な出来事が起こり始める。近隣のゴミ捨て場で相次ぐ不審火。「ぴーちゃん」と呼ぶ愛猫の失踪。そして彼女が巡回している〈不倫女性のSNSアカウント〉。平穏だったはずの日常の乱れは夫・真守の不倫が明示されることで加速し、桃子の居場所が砂上の楼閣だったことを露呈させる。