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物語に説得力をもたらす小泉孝太郎の気品

Ⓒ2013吉田修一/新潮社Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会

Ⓒ2013吉田修一/新潮社Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会

 桃子と真守の間には子供がいない。一方で馬場ふみか演じる不倫相手・三宅奈央は真守の子を妊娠している。桃子は現実から目を背けるように真守に「家のリフォーム」を急がせようとする。

 彼女の収入が「月に4、5万円しかない」という経済的事情。実家の自室が甥っ子たちに占拠されつつあるという物理的事情で「家」という居場所を守ろうとする彼女の焦燥感はより色濃くなっていく。従属的立場に置かれた専業主婦の弱さが浮き彫りになっていく。

 現代劇でありながら、時代劇を見ているようでもあった。「家」が重んじられていた時代。女が「家」に嫁ぎ、後継ぎを生むことで居場所を得ていた時代。それはこの「家」が空気のように纏っている家父長制が前時代的な価値観というだけではない。

 真守を演じる小泉孝太郎が纏う高貴な稟性(ひんせい)。今回彼は役作りの為に前髪を下ろしている。その変貌ぶりは小泉孝太郎であることを気づかせないほどだ。それでも滲み出る生まれ持った稟性。真守は不倫と離婚を繰り返している〈クズ夫〉ながら資産家の母に守られ「家」という居場所を絶対に失うことのない立場にある。

 そんな時代劇のような役柄に現代劇としての説得力を持たせているのが小泉孝太郎という配役の妙にあるような気がした。余談だが、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で北条政子から源頼朝を寝取った妾・亀の前を演じた江口が夫を寝取られた妻を演じているのも興味深い。時空を越えた自分自身への因果応報のようでもあった。

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