「丁寧な暮らし」ぶりをフリにした狂気と笑い
Ⓒ2013吉田修一/新潮社Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会
そんな女同士の関係性において桃子の強さとおかしみを象徴する行動のひとつが予告にも登場するスイカを丸ごと抱えて奈央のアパートに乗り込むシーンだ。ここまで訪問先には手土産を持参してきた桃子の「丁寧な暮らし」ぶりがフリとなって狂気と笑いを生んでいる。
スイカの丸みが妊婦の象徴に思える。奈央のお腹が割られてしまうのではないかという不穏な想像が膨らむ。一方でスイカは妊婦に良いという話も聞く。すなわちそこから何を読み取るかは観客次第なのだ。
そう、桃子は多くを語らない。台詞は最小限に留められ、心情表現は表情と佇まいに委ねられている。それが桃子というキャラクターに想像の余地を持たせ、追い詰められた人間が放つおかしみを増幅させている。
彼女がチェンソーを手にするのも真意を語らないからこそ解釈の幅を持たせている。それは狂気なのか、正気なのか。その手掛かりは彼女が異常な執着を募らせていく〈家の床下〉にある。土で汚れた桃子が床下でひと晩添い寝するのは筆者が彼女の強さの根拠となっていると感じたものに他ならない。