捨てられたものたちの怒りと悲しみ
Ⓒ2013吉田修一/新潮社Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会
だが、強さは弱さと表裏一体でもある。桃子が「ぴーちゃん」と呼ぶ行方不明の愛猫。鳴き声だけで決して姿を見せないその存在が単なる猫ではないことは明白だ。にもかかわらず、真守も照子もそのことに気づかない。気づいていないからこそ2人は桃子の突飛な行動に怯え続ける。
「私ね、おかしいフリしてあげてるんだよ?」
桃子の言葉は彼女が真守に執着しているのではなく、執着してあげているようにも聞こえる。母に守られた〈家〉に居心地の悪さを感じ「ここではないどこか」を探し彷徨っている真守を哀れんでいるようにも思える。
「おかしいフリをしてあげてるんだよ?」
真守にナイフを渡して挑発し、刺されるのを待っているようでもある。同時に自分が抱え続けている喪失感をもっとも理解して欲しかった夫に対する失望を訴えているようでもある。
不倫が露呈する前、愛猫を探し続ける桃子に真守が「捨て猫と飼い猫ってどう見分けるの?」と訊ねるシークエンスがある。「首輪してるかどうかじゃない?」と答えた桃子に真守はこう返す。
「じゃあ首輪をつけたまま捨てられたら?」
「それはさすがにないよ」
ゴミを分別せずに捨てる無責任な人間とそのせいでカラスに荒らされたゴミ捨て場を桃子は掃除している。そんなゴミ捨て場で相次ぐ不審火。犯人は首輪をつけられたまま捨てられたものたちの怒りと悲しみの代弁者なのだろうか。