“母の文字”に込められた深い愛
子供は一心同体だった母親と誕生によって身を分かち、心を分かつ。他者の存在によって自己を認知していく。コミュニケーション能力を発達させていく。”きこえない母”と”きこえる子”のコミュニケーションの物語とも言える本作では2人が様々な手段を用いた対話で愛を育んでいく様子を丁寧に描いていく。
手話も発話もままならなかった幼い大が母と最初に密接なコミュニケーションを取るのが手紙だ。一般的な幼児のかな識字能力に比べるとかなり早熟な印象だ。
だが、子供がもっとも好むとされる”母の声”を聞けずに育った大が代わりに求めたのが”母の文字”だったと考えれば至極納得がいく。
折り紙の裏に拙い字で短い一文を書いてはいちいち表にある郵便受けに投函しにいく。部屋に戻ってきて「ゆうびんやさんきたよ」とうれしそうに母に伝える。その”いちいち”が愛おしい。
手紙の投函を知らされるたびに見せる母の喜ぶ顔はやがて大の中に「母を喜ばせたい」「母の役に立ちたい」という自己有用感、すなわち「自分が他者に必要とされているという感覚」として育っていく。