謎めいたラストをわかりやすく解説。映画『悪は存在しない』徹底考察&評価レビュー。濱口竜介最新作の真の恐ろしさとは?
text by 司馬宙
映画『ドライブ・マイ・カー』(2021)の濱口竜介による最新作『悪は存在しない』が公開中だ。今回は、ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した本作のレビューを紹介。謎めいたタイトルと驚愕のラストで大きな話題を呼ぶ本作を多角的な視点から解き明かす。(文・司馬宙)【あらすじ キャスト 考察 解説 評価 レビュー】
※本レビューは物語の結末部に言及しています。鑑賞前の方はご留意ください。
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コロナ禍が可視化した「アクリル板」
2020年に発生し世界を席巻した新型コロナウイルスは、私たちの社会にさまざまな禍根を残した。
国内では、「ソーシャルディスタンス」や「三密」といった言葉で「自己隔離」が推奨された。飲食店では、人々の間に透明なアクリル板が設けられ、飛沫感染に対する防止策が取られた。人間同士のふれあいを徹底的に禁じることで、感染の可能性をまるごと排除しようというわけだ。
こういった諸々の施策は、私たちが物理的な空間を「共有」しているという当たり前の事実を明らかにするとともに、私たちの間にあった分断を可視化した。目に見えないコロナウイルスが、私たちの間にあった「アクリル板」を可視化したのだ。
そして、2024年現在、世界は分断と混迷の時代を迎えている。筆者には、2022年に起きたロシアによるウクライナ侵攻、2023年に起きたハマスによるイスラエル攻撃とそこからはじまる報復の連鎖が、コロナウイルスと無関係にはどうしても思えない。
コロナウイルスは、世界に偏在する「精神的なアクリル板」を可視化してしまった。そして、その分断は、今なお続いている。