「アクリル板」では分けられない物理的な世界
2023年、この「アクリル板」をめぐる2つの映画が公開された。1つはジョナサン・グレイザー監督による『関心領域』。そしてもう一つが濱口竜介監督による『悪は存在しない』だ。
まず、『関心領域』で描かれるのは、第二次世界大戦下のアウシュヴィッツ収容所と、その隣で暮らす収容所所長の一家との間に横たわる「アクリル板」だ。この壁は、収容所の物理的な塀であるとともに、アーリア人とユダヤ人、人間と動物、生と死を分け隔てる壁でもある。作中では、所長一家によって「抑圧されたもの」が、叫び声や煙、そして吐き気というかたちで度々回帰する。
そして『悪は存在しない』では、山間の村でのグランピング場建設をテーマに「アクリル板」では分けられない物理的な世界が描かれている。ここで重要になるのは、「水」や「空気」といった流体だ。
例えばグランピング場建設の説明会のシーンでは、区長の駿河一平が、「水は低い方へ流れる」という言葉を引き合いにグランピング場の客のモラルが問われるという主張を高橋と黛にぶつける。また作中では、村に向かう車内で黛が高橋の大声に嫌悪感を抱くシーンや、匠が娘の花の前でおならをするシーン、高橋が車内でタバコを吸い出した匠を気遣い車の窓を開けるシーンを通して、「他者と共有せざるを得ないもの」の存在が描かれる。
私たちは、物理的な世界を「共有」しつつ共存しているー。この当たり前の事実が明らかになるにつれ、登場人物の間に横たわる精神的な「アクリル板」はより可視化されていく。