獄中から息子宛てに書かれた母の手紙
「悲惨な事件を起こしたイメージが持てない」
息子の林浩次さん(仮名)は眞須美さんの無罪を信じるひとりだ。両親が保険金詐欺で逮捕されたとき、彼は10歳。その2ヶ月後、母親がカレー事件における殺人容疑と殺人未遂容疑で再逮捕されたときは児童相談所にいたという。
どこにでもいる小学生のひとりだった彼の人生は小学5年の夏休みを境に一変している。過熱するマスコミの取材。加害者家族に対する偏見と差別に晒され、ついには歪んだ正義感で自宅を放火されるに至っている。それでも彼にとって最大の喪失感は「マミー」…母との別離だったのではないかと感じられるのが前半のシークエンスだ。
ウイスキーボトルとぬいぐるみが共存する独り身の大人にしては不自然にも思える部屋で、37歳の彼が「きんぎょがにげた」という絵本のページを愛おしそうに捲る。
一匹の逃げた金魚を見つけ出す絵探し本。わたしにはそれが母の読み聞かせてくれた絵本のように思えた。幼子に絵本を読み聞かせる眞須美さんの姿を想像していた。続いてカメラは26年に渡って獄中から息子宛てに書かれた母の手紙を映し出す。
浩次さん(仮名)によって語られる誕生日や七五三など季節の行事を大切にしていた母の姿とスナップ写真の数々。そんな母親としての横顔は世間が知っている林眞須美のイメージとは大きく異なるものだった。
そう、本作でも使用されている〈あの映像〉…自宅前で待ち構える報道陣に向かってホースで水を撒く。ミキハウスのTシャツと口元に湛えた太々しい笑い。それこそが世間の知る林眞須美の姿だった。
人は目に映るものを真実と感じるのと同じように画面に映っているものを真実だと思い込む。映っていないもの、画面の外に存在するものへの想像力を失う。
多額の保険金を手にする為に夫にもヒ素を飲ませていたのではないかという疑惑の報道と相まって当時〈あの映像〉を見た誰もが彼女をカレー事件の犯人だと思い込んだ。カメラ・パースペクティブ・バイアス。〈あの映像〉にはそれだけのインパクトがあった。