幻想的な「不思議の町」の造形―映像の魅力
本作の美術と言えば、なんといっても千尋の迷い込む「不思議な町」の造形が挙げられるだろう。本作に登場する豪華絢爛な油屋の外観には、スタジオジブリの近所にある江戸東京たてもの館のほか、宮崎たちが社員旅行で訪れたという道後温泉本館などがモデルになっているとのこと。
また、油屋の内装は目黒雅叙園のほか、日光東照宮の壁面彫刻や二条城の天井画がモデルになっているほか、油屋周辺の飲食店街は有楽町や新橋の歓楽街を参考に描かれているという。
また、本作は宮崎作品ではじめてデジタル彩色や撮影が取り入れられているのも大きな特徴。扱える色彩の量が飛躍的に多くなり、表現力が格段に上がったという。ちなみに、新たに「デジタル作画監督」と「映像演出」という役職が設けられ、それぞれCG部チーフの片塰満則と、撮影監督の奥井敦が就任している。
なお、本作の作画監督に抜擢されたのは、『On Your Mark』(1995年)や『もののけ姫』でも作画監督を担当した伝説のアニメーター、安藤雅司。スタジオジブリの生え抜きとして、才能を発揮していた安藤は、宮崎の鶴の一声で作画監督に抜擢されたという。
しかし、実在する少女のリアルな動きを志向する安藤と自らの快感原則に従って自由な絵を描く宮崎と反りが合わず、お互いに何度ももめたのだという。安藤はその後、本作を最後にジブリを退職したものの、高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』(2013年)ではメインアニメーター、宮崎吾朗監督作品『思い出のマーニー』(2014年)では作画監督および脚本に名を連ねている。