R18なのに…究極の鬱アニメが配信直後から話題となった理由とは? アニメ『タコピーの原罪』考察&評価レビュー
タイザン5の同名漫画を原作とするアニメ『タコピーの原罪』。本作は、ポップで愛らしいキャラクターと、鮮烈に描かれる残酷な現実とのコントラストが強烈な印象を残し、配信開始直後からSNSで大きな話題を呼んだ。視聴者の心を深く揺さぶった本作の魅力を紐解いていく。(文・ばやし)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】
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映像化でさらに際立つポップでダークな世界観
アニメ『タコピーの原罪』は、“純粋さ”が引き起こす悲劇を容赦なく視聴者に突きつけながら、決して変わらない現実と変わったかもしれない未来をささやかな希望とともに私たちに届けてくれた。
2021年に「少年ジャンプ+」にて連載されたタイザン5の同名漫画を原作として作られた本作は、各種配信サービスで配信が開始されるや否や大きな話題を呼んだ。元々、原作を読んでいた筆者でさえも、原作絵そのままに再現された映像やポップでダークな世界観を構築する音楽に並々ならぬ愛を感じて、一瞬で心を持っていかれてしまった。
そんな『タコピーの原罪』は、ハッピー星からやってきたタコ型宇宙人のタコピー(間宮くるみ)が、お腹を空かせて露頭に迷っていたときにパンを分け与えてくれた小学生のしずかちゃん(上田麗奈)を、ものすごい笑顔にするために奮闘する物語だ。
しかし、彼女を笑顔にするのは決して簡単なことではない。なぜならしずかちゃんが毎日のように向き合っているのは、子どもにとってあまりにも壮絶で過酷な現実だからだ。
家にほとんど居ない母親。出て行ったきり帰ってこない父親。同級生のまりなちゃん(小原好美)たちから受ける凄惨ないじめ。タコピーが一貫して性善説で物事を解決しようとするたびに、あまりにも隔たりある理想と現実を目の当たりにさせられて、まるで悪夢を見ているかのような気持ちになった。
無邪気さと惨状が交錯する“声と映像のミスマッチ”
アニメで特に印象的なのは、映像と声や音のミスマッチ。たとえば、タコピーが「人間はケンカすると顔の色が変わるんだっピね」と無邪気なトーンで問いかけるとき、映像に映し出されているのはボロボロで茫然自失としたしずかちゃんの姿だ。
さらに、タコピーがまりなちゃんをハッピーカメラで殴殺したあとは、信じられないくらい満面の笑みを浮かべるしずかちゃんの表情とともに、状況とは不釣り合いなヴィヴァルディの四季「春」が流れ始める。ポップな映像の背景で流れる不穏な音や、弾むようなメロディに合わせて映し出される残酷な現実が、よりいっそう絶望的な状況を加速させていく。
アニメとして、どうしても過激な描写や露悪的な演出が話題となってしまうが、タコピーがしずかちゃんや東くん(永瀬アンナ)と過ごす日常パートには、アニメオリジナルのシーンも多い。
しずかちゃんとタコピーが飼い犬のチャッピーに会うためにふたりで東京へと向かう場面や、東くんを含めて3人で夏休みを楽しむ描写が追加されたことにより、時間をともにしたそれぞれの思い出が積み重なっていく。
最終話で描かれる、タコピーとしずかちゃんが行くあてもなく歩き続ける場面には、時間の流れを感じさせるようなカットが加えられている。ふたりが共に過ごした日々が点描のように映し出されることで、視聴者は物語の世界観に深く没入しながら、そのかけがえのない時間へと自然に思いを馳せることができる。
それぞれの家庭が抱える見えない傷
この物語でもっとも目を背けてはならないのが、登場人物たちの“純粋さ”ゆえの“切実さ”だ。しずかちゃんが東くんに罪を着せようと自首を促したのも、「しずかちゃんさえいなければ」とまりなちゃんが躍起になるのも、ただ大切な存在を取り戻したかっただけなのだ。
最初はしずかちゃんに対して抱いていた憐れみの感情が、物語が進むにつれてまりなちゃんや東くんにも向けられるようになる。しずかちゃんが彼らの家庭環境を知らなかったように、私たちもまた、ふたりのことを何も見られていなかったのだ。
決して許されることではないが、彼らは遠く離れていく大切なものに手を伸ばしただけだった。だから、純粋なほどに掴み取ろうとした現実が、明らかに間違った方向へ進んでいくチケットだとしても、彼らが切実に伸ばした手を引っ込めることはない。結果として、“純粋さ”は彼らが握る銃の引き金となって、“切実さ”が彼らに悲劇を起こしてしまう。
そして、その“純粋さ”ゆえの“切実さ”は、タコピー自身にも宿っている。悪意や暴力を知らずに育ってきたタコピーの信じる「ハッピー」は、あまりにも無垢で穢れのないものだ。だからこそ、しずかちゃんの周囲で起きている過酷な現実との乖離によって、良かれと思って取った行動がことごとく裏目に出てしまう。
しかし、タコピーもまた、ただ切実であったにすぎない。漫画家・やなせたかしは、お腹を空かせている人に自分の食べ物を分け与えることこそ、決して揺らがない正義であると信じ、その理念から国民的ヒーロー「アンパンマン」を生み出した。
しずかちゃんがくれたパンの施しは、純粋なタコピーにとって何にも替えがたい優しさで、決して揺らぐことのない“正義”だった。
愛らしい姿が胸を締めつける、タコピーの存在感
アニメは、タコピーがだんだんと成長する姿が身近に感じられるのも、原作を読んだときとは少し印象が異なる部分だ。「難しくってわかんないっピ」と弱音を吐きながらも、出会った子どもたちが抱える家庭の実情を知り、少しずつ複雑な人間の感情を知っていく。
そんなタコピーの一挙手一投足に感情移入してしまう理由として、あまりにもタコピーがかわいらしく愛嬌のある存在として映し出されていることも大きい。
デフォルメされた表情や愛くるしい動きはもちろん、アニメ『とっとこハム太郎』(2000~)のハム太郎の声優としても知られている間宮くるみの声によって、タコピーが放つ何気ない一言でさえも感傷的にさせられる。どれだけトンチンカンなことを言っていても、悲痛な声をあげながら悩み苦しむタコピーを観ていると、胸がキュッと締めつけられてしまう。
私たちは、タコピーの目的が一貫して「しずかちゃんをものすごい笑顔にする」であると知っている。だからこそ、無知ゆえに状況を悪化させていく行動に苛立ち、現実を突きつけられて戸惑う姿に心を揺さぶられる。それでもなお、しずかちゃんを笑顔にするために決断するタコピーの姿を目の当たりにして、思わず涙がこぼれてしまうのだ。
タコピーが子どもたちに託した希望
子どもには「可塑性」があると言われている。強い力が加わったときに形が変わってしまい、そのまま元に戻らない粘土のような性質。この言葉は少年法を支える理念でもある。
誰にも打ち明けられない苦しみや寂しさを抱えながら、理不尽な環境に置かれているしずかちゃんたちは、外圧によって“不幸”という型にはめ込まれてしまった。
そして、不幸に慣れすぎた彼女たちは、誰からも声をかけられることなく真っ暗闇を進んでいく。道を踏みはずしたことにも気づかないまま、やがて取り返しのつかない場所にまで歩みを進めてしまう。
たくさんの変わらない現実があった。それでも、タコピーが子どもたちにしてあげられた唯一のことこそ、彼らの「可塑性」を信じることだったのかもしれない。
感情をコントロールする術を教えてもらえなかったこと。鬱屈した感情を隣り合わせにして育ったこと。彼らが最終的に道を踏み外してしまうきっかけは、環境的な要因によるものが大きい。ならば、それぞれの家庭環境と向き合って対話することができたら、きっとしずかちゃんとまりなちゃんの関係性は変わる。タコピーは最後に、そう願いを込めた。
アニメ『タコピーの原罪』は、関わるすべての人々からの愛とリスペクトが隅々まで込められた作品だ。だから、そんなストーリー、映像、声、音楽、歌詞で言及されている純粋で切実な思いに胸を打たれたならば、最後にもう一度、変わらなかった現実にも目を向けてほしい。この世界には、魔法など存在しないのだから。
【著者プロフィール:ばやし】
ライター。1996年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部を卒業後、食品メーカーに就職したことをきっかけに東京に上京。現在はライターとして、インタビュー記事やイベントレポートを執筆するなか、小説や音楽、映画などのエンタメコンテンツについて、主にカルチャーメディアを中心にコラム記事を寄稿。また、自身のnoteでは、好きなエンタメの感想やセルフライブレポートを公開している。
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