小さきものたちの世界の片隅〜脚本の魅力
原作漫画を手がけたこうの史代は、広島県広島市出身の漫画家、イラストレーター。本作と同じく広島市への原爆投下をテーマにした『夕凪の街 桜の国』(2003)で第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞し、2007年には実写映画化された。本作の原作漫画も高く評価され、2011年には日本テレビで、2018年にはTBSでドラマ化されている。
ちなみに、2011年のドラマ版では女優の北川景子、2018年版では松本穂香が、主役のすずを演じている。戦時下の暮らしをリアリティ豊かに表現する上で、アニメーションよりも実写の方が適していると考えてしまいがちだが、本作を観るとそうした固定観念は崩れ去るだろう。
もちろん、ドラマ版にも観るべきところはあるが、クローズアップの対象は役者の顔ばかりであり、テレビドラマである以上やむを得ないことだが、ルックスが洗練されすぎているという印象を受ける。それに比べると、アニメ版の美点が際立つ。
本作に描かれているのは、すずたちの生活の営みだけではない。野に咲く花々や虫、小動物に至るまで、戦時下ではつい看過してしまう「世界の片隅」も巧みに描写されている。
例えば、すずと晴美が家の前でアリの行列を見かけるシーン。2人は家から出てきたアリが貴重品の砂糖を運んでいることに気づき、慌てて台所へ向かう。人間の営みとは関係なく、アリにはアリの世界があることを教えてくれるエピソードである。
本作では、これらの「小さな物語」と対比される形で、戦争や国家という「大きな物語」も描かれている。しかし、これら二つの物語が交わることは決してない。例えば白いサギを追いかけるすずか危うく機銃掃射を受けそうになるシーンでは、一瞬、爆撃機の操縦士の目線が挿入される。
彼らとすずたちを隔てる距離はあまりに遠く、彼らにとってらすずたちの日常など知る由もない。遠くの国からやってきて、彼女たちの日常をただ理不尽に破壊するだけなのである。
しかし本作では、これらの出来事に分け隔てなく日付が記されることにより、ささやかな「小さな物語」の出来事と歴史に残るような「大きな物語」の出来事が同じ直線上に並置される。
さて、あらゆる出来事に日付を記すことの意味は、生活と戦争を等価に扱うだけにとどまらない。日付が登場することで、観客は否応なしに「あの日」を意識せざるを得なくなるのである。そう、8月6日、広島に原爆が投下された日を。