「この作品が私にとっては再スタート」映画『敵』出演・黒沢あすか、単独インタビュー。念願だった吉田大八作品への思い
2024年の東京国際映画祭で主演男優賞(長塚京三)を始め、3冠を達成した映画『敵』が1月17日(金)より全国公開される。今回は、本作で主人公・儀助の亡くなった妻を演じた黒沢あすかさんにインタビューを敢行。「役者人生の再スタート」になったと語る本作にかける思いを伺った。(取材・文:山田剛志)
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「映画監督というよりかは『作家』」
初の吉田大八監督とのお仕事を振り返って
―――長塚京三さんの佇まい、一挙手一投足を見ているだけでドキドキする、稀有な作品だと思いました。そんな本作で黒沢さんは、長塚さん演じる主人公・儀助の亡くなった妻・信子を演じておられます。個人的には、初登場シーンから見逃せないお芝居をなさっていると思いました。ソファーで眠っている長塚さんを映していたカメラは玄関口の黒沢さんをフレームに入れ込むのですが、その瞬間「あ、この人はこの家に住んでいた人だ」というのがすぐに分かるのが凄いと思いました。
「信子の登場シーンは、私も試写で拝見して、「あ、こういう映り方をしていたんだ」と少し驚いた場面でした。儀助を軸にお話が展開していたところ、信子の登場でそれまでとは異なる色味が加わるのだけれども、大波乱が巻き起こるわけでもなく、静かにお話が進んでいく。吉田大八監督はこういう画を作るのが本当にお上手ですよね」
―――吉田監督とは初めてのお仕事でしょうか?
「そうです。吉田監督の作品にずっと以前から出演したいと思っていました。『桐島、部活やめるってよ』(2012)は、私の夫である特殊メイクアップアーティストの梅沢壮一が関わっていたので、私はもうその時から夫に対して『ズルい』って思っていたんですよ。「私より先に!」って「なんで!」って。次は絶対に私がご一緒したいって強く願ってました。年数がかかりましたけど、実現して本当に嬉しく思っています」
―――今まで沢山の演出家と一緒にお仕事されてきた黒沢さんの目から見て、吉田監督はどういうタイプの映画作家だと思われましたか?
「映画監督というよりかは『作家』だと思いましたね」
―――クランクイン前、ご自身が演じる役を掴む上で、吉田監督とはどのようなやりとりをなさったのでしょうか?
「今回、信子役を任せていただくにあたり、面談という形で大八監督とお話をしました。事前に監督が書かれた台本を読ませていただいたのですが、すぐに原作も読みたいと思って、取り寄せて。台本と原作、それぞれのどの部分に感銘を受けたかというお話とそれに付随して懸念するポイントについてもお話をさせていただきました」
―――どのシーンについてお話しされたのでしょうか?
「お湯の入った浴槽の中で儀助と向き合うシーンです。浴室のシーンはどうしてもやりたい。だけれども、自分の年齢的なものを考えると、若い頃のように全裸で演じることは難しく、アングルを限定しないかぎり私の体は耐えられない、とはっきり伝えました」
―――出演したいという強い気持ちを持つ一方、センシティブなシーンに関して、懸念することをしっかりと伝えられたのですね。
「ちゃんと言いましたね。その上で『やりたい』という気持ちを伝えようとしたのですが、なかなか二の句が継げなくて。でも、それに対して大八監督は「そのシーンは黒沢さんが心配するような方向で演出することはしません。もちろん、現場がどうなるのか今の時点ではわからないけど、とにかく私(黒沢さん)が懸念するようなことは一切ない」と言ってくださったんですね。そうしましたら、撮影当日は、このシーンを撮影する上で必要なケアをしっかりしてくださり、お約束通り、何の心配もなく撮影を進めることができました。お陰様で、集中して芝居に臨めましたし、その分、思い入れのあるシーンになりました」
―――黒沢さんは今回の現場にかぎらず、脚本を読んで、センシティブな部分で気になったところはしっかり伝えるということを意識しておられるのでしょうか?
「それはもう絶対ですね。どの作品でも必ず言います。その上で、もしこれで私が採用されなかったとしても悔いはありません、とお伝えするようにしています」
―――今、映画業界の体質をいかに変えていくのか、議論が活発化していますが、そんな中で、黒沢さんの映画に臨む姿勢はとても意義深いものに思えます。
「そのスタンスは若い頃から変わっていません。年齢関係なく物作りをするプロ同士が集まるのだから、言うべきことは言うべきだよ、と。だけど、デビューから数十年は『こんな考え方ありえないし生意気だ』と思われることもあって。うん、本当にそういう扱いでしたね」
―――近年は過去の反省を踏まえて、映画の現場を働きやすくしようという動きが様々な方面から出てきています。
「世界が変わってきていますからね。ここ数年は、良い時代に俳優業を続けさせていただいているという感謝の気持ちを噛み締めています」