深川麻衣の「やさぐれ感」と
井浦新の”どこにでもいる「オッサン感」
進まない筆、進み続ける時間…。焦るばかりの安希子を、サザポンは軽井沢の別荘へと連れ出す。そこでサザポンは、何を語るわけではないのだが、安希子は徐々に自然体を取り戻していく。
ある日、安希子がサザポンに問いかける。「死にたいと思ったことはありますか?」
サザポンは「あるよ」と告げ、ある過去を語り出す。安希子は、サザポンの若かりし頃に撮った、真っ赤なスポーツカーとともに写った写真を目にしており、独身貴族を謳歌していたと思い込んでいたのだが、それが間違いだったことを知る。
それと同時に、それがどんなぜいたく品であったとしても、物質的なものでは埋められない心の中に空いた穴を感じ取ることになる。
「遠い親戚のお嬢さんを預かっているような感じ」と語り、まるで仙人のようなサザポンだが、元々の性格に加えて、過去の辛い経験を経て、現在の姿となったのだ。
サザポンの半生を知った安希子は、ある決断をする。サザポンとの生活を私小説として発表したのだ。
これがバズり、サザポンの存在もネット界隈を賑わせ、X(元Twitter)のトレンド上位になるまでの有名人となる。安希子は、そのスマホ画面を見せるのだが、当のサザポンは興味などなさそうに「ふ~ん」とだけ生返事を返し、テレビに視線を戻す。サザポンとは、そういう人物なのだ。
再び精神科を訪れる安希子に、医師の大熊は「話し方がゆっくりになりましたね」という言葉をかける。いかに以前の安希子が生き急いでいたのかを示すシーンだ。
「全財産10万円」からV字回復し、預金残高の桁も1つ増えたことで、サザポン宅への居候から脱却し、一人暮らし生活に戻る安希子。去ってゆく安希子に対しても、名残惜しさなどまるでないような、相変わらずのマイペースで接するサザポン。
作中で説明されている通り、「この話はおっさんとの同居話でなく、女の子の他者による再生の話」という言葉に噓偽りはなく、安希子を演じた深川麻衣のやさぐれ感がピタリとはまっている。
もう1人の主役・サザポン役の井浦新はモデル出身で、若かりし頃は二枚目俳優として活躍し、現在では悪役など多彩な役柄をこなす実力を発揮。本作でも、どこにでもいそうなオッサンを自然体で演じている。
2人の主人公の好演によって、笑えて泣けて、最後には心がほっこりする物語に仕上がっている。そして、観終わった後で、これが実話だったことを思い出し、二度驚かされる作品でもある。
(文・寺島武志)
【作品情報】
タイトル:人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした
監督:穐山茉由
原作:大木亜希子「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(祥伝社刊)
脚本:坪田文
製作:竹澤浩、繁田光平
出演:深川麻衣、井浦新、松浦りょう、柳ゆり菜、猪塚健太、三宅亮輔、森高愛、河井青葉、柳憂怜
主題歌:ねぐせ。「サンデイモーニング」
音楽:Babi
製作幹事:KDDI 制作プロダクション:ダブ 配給:日活/KDDI
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