2023年、10年前に活躍した伝説のハガキ職人と
10年後に日本一となった漫才師
『笑いのカイブツ』の中で強く印象に残っているセリフがある。映画中盤、ツチヤを車で送った西寺が、ビニール袋に入った楽屋弁当を渡しながら言うセリフだ。
西寺「楽屋で取らなかったろ? ちゃんと働いてたんだから食っていいんだよ」
楽屋弁当は働いた証だ。構成作家見習いとして活躍できないもどかしさから、「弁当を食う資格などない」と落ち込んでいる人間にとって、こんなに救われる言葉はない。
楽屋弁当を渡されることは、それほど大きな肯定で、120円のポテトSだけでフードコートに居座ったツチヤが、腹を満たすためにトイレの水道水をガブ飲みしていたツチヤが、文字通り、笑いで飯を食えた貴重な瞬間なのだ。
『笑いのカイブツ』は、笑いに狂ったツチヤの泥臭い青春映画であり、伝説のハガキ職人の最新作でもある。というのも、この映画に登場するネタは全てツチヤの書き下ろしなのだ。
『デジタル大喜利』で紹介される「アレマ侯爵」のネタや、ベーコンズの漫才、よしひろ漫才劇場のネタ見せシーンで聞こえる名もなきピン芸人のネタまで、全てツチヤタカユキによって作成されたものだ。
その集大成は映画のクライマックス、300人の観客エキストラを投入して一発撮りで撮影されたベーコンズの長回し漫才シーンだ。
ツチヤタカユキが10年のブランクを経て書いた渾身の漫才台本、さらにその漫才指導を、のちに「M-1グランプリ2023」で8540組の頂点に輝く令和ロマンを手掛けている。10年前に活躍した伝説のハガキ職人と、その10年後に日本一となった漫才師の、時を超えたコラボレーションである。
そんな単独ライブを映画内のツチヤは関係者席で見ている。ツチヤが台本を書いた漫才が終わり、舞台の上部のスクリーンにスタッフのクレジットが流れる。この作品の熱いところは、そこに自分の名前を見つけた瞬間が、主人公の喜びのピークになっているところだと思う。
名前を呼ばれることは、ハガキ職人にとって最上の快感だ。何通ハガキを送っても不採用になり、自分のメールが本当に届いているのかと不安になる。だからこそ、やっとパーソナリティーから呼ばれた名前に歓喜する。
この映画は名前を呼ばれて始まり、名前が刻まれて終わる。藤井隆が読み上げる「アレマ侯爵」で始まり、ベーコンズ単独ライブのクレジットに載った「ツチヤタカユキ」の7文字で終わる。名前を呼ばれたことは彼を突き動かし、最後は彼の救いとなったのだ。