最後に対峙する相手が妻レイチェルである理由
FBIの博士でも、レディ・レイヴンでもなく、クーパー/ブッチャーが最後に対峙するのは妻レイチェルであった。細部は全く異なるものの、焦点を当てる登場人物の唐突な移行という点では『サイコ』をなぞっていると言えなくもない、映画を締めくくる自宅内での夫婦のやり取りは、その不可解さとカタルシスの不在によってか、作品そのものについて肯定的な観客にも総じて不評だったように思える。
しかしながら、これまで確認してきた左右の対立に加えてシャマラン自身と家族の関係性を重ね合わせることで、このクライマックスはまた異なる相貌を露わにするのではないか。最後に、自宅での夫婦のやり取りを詳しく追ってみよう。
舞台が自宅へと戻ると、キッチンでレイチェルが湯を沸かしている。彼女の背後を映したやかんの反射にフォーカスを当てたショットが不安を高めるなか、背後から夫の声が聞こえる。振り向いた彼女は、棚を挟んでついにハートネットとの対話を開始する。
棚越しに切り返しショットを連鎖させる形で進んでいく会話では、まずハートネット側を映す際のカメラが観る者に強烈な違和感を抱かせる。あえてハートネットの顔面の右側を隠すように、画面の左上部四分の一と棚がほぼ重なる不思議な位置に据えられたカメラが、テーブル脇の椅子に腰かけた彼の姿を捉える。そして、会話の内容とともに、テーブルの上、彼の左手側に置かれたナタが不穏さを煽り立てる。
切り返しを行うたびに徐々にカメラが移動すると、はじめは隠れていたハートネットの全身も、画面右側にはっきりと映し出されるようになる。しかし、この一連のシークエンスでは棚の位置関係を生かした陰影がまた異なる効果を上げている。彼の右半身は画面には映っているが、光が当たっていない。明暗の対照によって、これまでとは異なる形で左右の対立が視覚化されるのだ。