マルグリット・デュラス作品との近接性
『夜と霧』がジャン・ケイヨールのテクスト性に依った作品だったのと同様に、『占領都市』にもプレテクストが存在し、そのテクスト性が作品の最前線に陣取っている。オランダの歴史家、文化批評家ビアンカ・スティグターが2019年に上梓した『Atlas of an Occupied City (Amsterdam 1940-1945)』(アトラス・コンタクト社刊)のテクストである。
『夜と霧』が収容所のエンプティショットを生々しく撮影し、比較的にダイレクトな作品であるのに対し、『占領都市』は豊饒なる現代都市の相貌を写し出すことによって、事の本質の喪失ぶりをきわだたせている点では、『夜と霧』というよりはむしろ、マルグリット・デュラスの『インディア・ソング』(1975)とその事後的な不在を強調した『ヴェネツィア時代の彼女の名前』(1976)を同時映写するかのような体験としてしつらえられている。
テクストの作者ビアンカ・スティグターの夫であり、現代イギリスを代表する映画作家であるスティーヴ・マックイーンが本作の監督を務める。マックイーンはマイケル・ファスベンダー主演の長編デビュー作『ハンガー』(2008)でカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を受賞し、『それでも夜は明ける』(2013)は米アカデミー賞の作品賞・助演女優賞・脚色賞の3部門を受賞した黒人作家である。シアーシャ・ローナン主演による彼の劇映画の最新作『ブリッツ ロンドン大空襲』(2024)はApple Original Filmとして製作され、配信開始されたばかりである。
アムステルダムの名所の数々。戦前は裕福なユダヤ人たちが利用した有名なレストラン「リド」。ナチスとの関係性が戦後に暗い影を落としたライクスムーセウム(国立美術館)とコンセルトヘボウ(交響楽団の劇場)。アンネ・フランクが日記に書いた、ユダヤ人にも入店が許されたアイスクリーム店「デルフィ」。有名無名の場所が写し出され、そこに被さるビアンカ・スティグターのテクストによって隠された黒歴史が明らかにされ、穏やかな都市の映像を裏切っていく。
オーステルスポール広場からマウデルポールト駅へ。この駅からは1942年10月以降、1万1000人以上が収容所に送還された。ヴェステルボルク通過収容所を経由して、アウシュヴィッツやソビボルといったホロコーストの実施会場へと歴史がつながる。