「美の価値」を再考する。軽やかな力技とは? 映画『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』考察&評価レビュー

text by 青葉薫

フランスの「カイエ・デュ・シネマ」で気鋭の批評家として鳴らし、映画作家としても活動するパスカル・ボニゼールの新作『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』が公開中。今回は2005年にアートオークションで起きた実在の事件に材をとった本作のレビューをお届けする。(文・青葉薫)【あらすじ キャスト 解説 考察 評価 レビュー】

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【著者プロフィール:青葉薫】

横須賀市秋谷在住のライター。全国の農家を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」が松竹系で『種まく旅人』としてシリーズ映画化。別名義で放送作家・脚本家・ラジオパーソナリティーとしても活動。執筆分野はエンタメ全般の他、農業・水産業、ローカル、子育て、環境問題など。地元自治体で児童福祉審議委員、都市計画審議委員、環境審議委員なども歴任している。

「虚飾と実像」に揺れ動く人々を描いた群像劇

オークション 盗まれたエゴン・シーレ
©2023-SBS PRODUCTIONS

 資本主義を成長させた要因のひとつが人間の虚栄心だ。ファッション。時計。車。愛玩動物。不動産。虚栄心の強い人ほど自分を実像以上に見せてくれる高級品を手に入れようとする傾向が強いという。コレクションとしての美術品もそのひとつだろう。

 公開中の『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』は2005年に起きたアートオークションにおける史実を元に「虚飾と実像」に揺れ動く人々を描いた群像劇だ。

 億単位の金を動かすパリのオークションハウスで働く競売人アンドレ・マッソン。「絵を売る為なら何でもやる」という彼の元に一通の手紙が届く。差出人は地方の女性弁護士エゲルマン。それはエゴン・シーレのものと思われる油彩画の鑑定依頼だった。シーレの絵画は30年ほど市場に出ていない。しかも絵の保有者は化学工場で夜勤労働者として働く青年だという。

「本物だったら夜勤が日勤になるよ」と99%贋作を疑いつつも、元妻で鑑定士のベルディナとともに鑑定に向かう。絵が見つかったのはフランス東部の工業都市ミュールズ。絵の鑑定を依頼してきた青年マルタンが母と暮らす古いアパルトマンはお世辞にもエゴン・シーレの名画があるとは思えない佇まいだ。

 博識で軽妙洒脱なマッソンのキャラクターからすると元妻と贋作を前に「自分たちだって夫婦として偽物だったじゃないか」と冗談のひとつでも言ってやろうと考えていたのではないだろうか。ところが、現物を見た2人はいきなり顔を見合わせて笑い出す。

 煙草のヤニが染みついた壁にダーツゲームと一緒に掛かっていた油彩画が一目で本物と分かる逸品だったからだ。エゴン・シーレがゴッホにインスパイアされて描いた「ひまわり」。1939年に第二次大戦下で行方不明となっていた代表作のひとつだ。

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