パスカル・ボニゼール監督の軽やかな力技
毎日何気なく見ていた部屋の絵がナチスのホロコーストの際に盗まれた世界的な名画だった―――そんなシリアスな題材を脚本・監督のパスカル・ボニゼールは時に軽やかなユーモアも交えた大人の人生ドラマにまとめ上げている。
富裕層と低所得層の経済格差。企業における成果主義。人種差別。LGBTQ。親子の血の繋がりと、あらゆる社会問題を「虚飾と実像」というテーマで串刺しにした重層的な物語に仕上げている。
評価額はおよそ1千200万ユーロ(約20億円)。工業都市の一角に住む勤労青年の部屋で60年もの間ほこりを被っていた名画が真の主役となり、絵を取り巻くひとり一人の人生に対する価値観を浮き彫りにしていく。
雇われ競売人のマッソンは成果主義に縛られている。高級車や高級腕時計というステイタスシンボルに囲まれた生活。そこには何を手に入れても幸福感が満たされない空虚さが漂っている。虚飾に満ちた人生に自身の実像を見失いそうになりながらも「逸品を見つけたらインディジョーンズのような気分になる」という昂揚感でシーレの「ひまわり」を高値で落札させることに意欲を燃やす。
自室の絵がアート誌の表紙を飾っているのを偶然目にしたことから好奇心で連絡しただけのマルタン。絵にまつわる血塗られた事実を知り「痛ましい絵はいらない」と即座に盗まれた所有者の遺族を探し出して返還することを望む。彼には億単位の評価額に自分を見失うような強欲さがない。むしろ見つけたことを後悔しているような苦悩すら見せる。
だが、周囲の者は違う。日頃からマルタンの部屋で紫煙をくゆらせ、ダーツに興じていた友のひとりはいつも見ていた絵の価値を知って目の色を変える。絵が人を狂わせ、友情に皸を入れる。
マッソンの秘書として働くオロールは他人に心を許さず、自分を偽るような嘘ばかりつく。その疑り深さの裏には父親を破滅に追い込んだ詐欺事件の教訓がある。
彼女の父親はオロールに「人はみんな演じている」と説く。「我慢と妥協と下方修正。それが人生だ」と。