「美の価値」を再考する

オークション 盗まれたエゴン・シーレ
©2023-SBS PRODUCTIONS

 鑑定士のベルディナは元夫のマッソンとは対極的だ。部屋に入ればすぐ靴を脱いで裸足になる。バスタブに湯を張って何度も入浴する。その行為はアートの世界でまとわりついた虚飾を洗い流す儀式のようでもある。そんな中、シーレの絵を通じて出会った「ある人物」と恋に落ちることで、彼女が「偽りの自分」を解き放つ為に離婚したことがさりげなく明示される。彼女は虚飾の人生ではなく実像の自分で生きることを選んだのだと。

 本作では、誰もが「虚飾と実像」の間で揺れ動いている。面白いのは登場人物の中でもっとも低所得ながら無欲で正直者のマルタンに神が微笑むことだ。手元にある絵の価値を知りながら「ナチスの絵を盗まれた所有者の遺族に返還したい」と申し出た彼はアメリカで暮らす9人の権利継承者から「10人目の遺族」として売り上げの10%を受け取る権利を贈られるのだ。

 それはまるで寓話のようだ。正直者のきこりが金の斧と銀の斧を貰った一方で、欲張って嘘をついたきこりは自分の斧さえ失ってしまうイソップの「金の斧 銀の斧」である。

 権利継承者たちから絵の競売を任されるマッソン。しかし、彼が主催したオークションに向けてのお披露目に現れたひとりの男に「失望した。保存状態もひどい。この絵にそこまでの価値はない」と吹聴されてしまう。

 奇跡の発見に購買欲を高めていた買い手の目が醒めていく。絵の美しさそのものは何も変わっていないのに、誰かのひと言でその価値が下がっていく。

 「美の価値」についてわたしたちは考えさせられる。

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