2つの思いが時空を越えて共鳴し合う
アートに限らず、表現者は虚飾を削ぎ落として曝け出した真の自分をキャンバスに描き出す。純真だからこそ、そこには見る者を感動させる力が宿る。
1744年に「サザビーズ」が作り上げたオークションというビジネスモデルはアートを資本主義に取り込んだ。人間の虚栄心と射幸心を煽り、本来値がつけられないはずの絵画という「美の価値」を吊り上げる錬金術だ。その甘い汁に競売人や嘘と悪にまみれた金の亡者たちが群がってくる。
アートの価値とは本来、鑑賞者の心に何らかの作用を与えることだ。ところが、投機の対象となったことでアートが売買する者を経済的に豊かにする道具になっていないだろうか。それは創作者が望んだことなのだろうか。エゴン・シーレは第一次大戦が終わりに近づいた1918年「私の絵は世界中の美術館で展示されるべきだ」という言葉を残し、28歳の若さで急逝した。
自分の絵がオークションで競売に掛けられているのを見たらシーレはどんな風に思うだろう。一夜にして人生を変えるほどの富を手にする権利を得たマルタンの苦悩する姿が絵の創作者であるシーレの純真さと重なる。マルタンがシーレの生まれ変わりなのではないかと思えてくる。アートオークションに本当の幸せはあるのか。絵画につけられた価格は虚飾なのか実像なのかを、本作はわたしたちに問い掛けてくる。
かつてヒトラーが自分の価値観と合わないというだけの理由で「無価値」と一掃したエゴン・シーレの「ひまわり」は果たしてオークションで幾らの値をつけるのか。
ただ、世界中の人に作品を見て貰いたかったエゴン・シーレと、もっともアートから縁遠い青年の純真さが時空を越えて共鳴し合うラストの清々しさに、人生において本当に大切なものは何かを改めて考えさせられる。
(文・青葉薫)
【作品概要】
監督・脚本・翻案・台詞:パスカル・ボニゼール 『華麗なるアリバイ』
出演:アレックス・リュッツ、レア・ドリュッケール、ノラ・アムザウィ、ルイーズ・シュヴィヨット
原題:Le Tableau volé /2023年/フランス映画/フランス語・英語・ドイツ語/91分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ/ユニフランス
配給:オープンセサミ、フルモテルモ 配給協力:コピアポア・フィルム
©2023-SBS PRODUCTIONS
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